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2007-04-30 Mon 02:47
弾が、「11発」、拳銃を握ると、薬指と小指がはみ出し、手の平には、しっくりとは納まらなかった。それは、見た目だけなら、おもちゃだった。
弾も箸ほどの太さしかなく、映画やテレビで主人公が、小指くらいの弾を、拳銃に入れるのとは、大違いだった。 グリップは、白い象牙が施され、黒光りする鉄にそれは合っていなかった。 ただ、馬が立ち上がったマークは、存在感をかもしだしていた。 この人は、「小さいー、ライターみたい」、「バキューン、こんなんで、殺せるの」、人を殺す道具の特別な冷たさに酔ったような目で問い掛ける。 俺は目を合わせないように、「頭を撃ったら、死ねとよ」と人事みたいに答える。 「台所にある刺身包丁のほうが、良いんじゃない」 この頃俺は、このオンナを心底恐れ、違う意味で心底尊敬していた。 そして俺が作るチリメン入りのチーャハンをうまそうに食っていた。 そして、「半年が過ぎた」 貴美子が俺とこの人の関係を悲しむように、今年は、雨ばかり降っていた。 その雨はまるで矢野信二の足跡を隠すみたいに降り続いた。 焦りは季節が持ち去り、ただ残るのは後悔と想いだけだった。 それは、めくる繰る季節と変わりなかった。 この人は、気が向けば俺を玩具にして、いつものセリフを吐いた。 「くやしいー、英二には、貴美ちゃんがとりついている」 「理恵がどんなに愛しても」。空しくて情けないそして、けだるい時間が終わる。 雨が止むと夏の太陽がまぶしく、去年貴美子が着ていたVANのワンピースを思い出した。 今の俺は一日が一年で、一年が一日に感じた。 7時だというのにやけに明るく、雨上がりの蒸し暑い人ごみの中に、俺だけが 置き忘れられた傘みたいに、横断歩道に立っている。 シルバーのY30{セドリック}が歩道に乗り上げ止まった。 「中根」、ちょと笑いながら声を掛けたのは、ポマードをべっとり付け、 鶏冠そっくりな髪型をした「八木」だった。 凄くカッコをつけて車から降りてくる。老眼を掛けた年寄りみたいに首を下げて、上目づかいで人を見るのが癖なのか、わざとなのか分からなかった。 バリバリのニュートラでコンポラスーツをいつもセンスよく着こなしていた。 八木は、中学の同級生で、中学を出てすぐに地元の組織に入り、たこやき を焼いていた。 「中根、兄貴が放免祝いで山口県に行った時に、矢野君の車が、中古車屋に 置いてあったらしいぞ」「はぁー」「兄貴、車、好きやろ。矢野君の車いつも誉めとったけん、覚えていたらしい」 矢野が乗っていた車は、日産のスカイラインで、箱型のGTXを改造し、R、使用にしていた。この頃スカイラインはモデルチェンジで俺たちは旧型を花子と太郎と呼んで、新型は、ケンとメリー呼ばれていた。 「色がスカイブルーで、ワタナベのホイル履かせて、バネ切った花子と太郎 マスクが金網張ったR使用なんて、めったにないから見間違いじゃなかぞ」 「よく兄貴は自分に言ったとよ。矢野ば、シャブでボケさせて車ば盗ろかて」 やっと、やっと見つけた矢野の足跡だった。 |
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2007-04-29 Sun 13:08
「ピストルは、私が用意してあげる」輝いた目で、どこか自慢下の顔で、しかしこの女は楽しんでいる。
「そんな登山ナイフじゃだめよ」、貴美子が逝って一ヶ月後には、この人のマンションに、縋り、ためらいも無く逃げ込んだ。今ではこの人のことを、 この女と思う時があった。 「そんな簡単に言うけど、拳銃ば買うお金あるんね、中古のブルバードより、高いとよ」 この人は返事もしないで、「東京の千代田区の確か、えーと、内孝町そうそう」 「ABEEHIVE」フフフ、S、M、クラブ」外人みたいな発音だった。 「なんそれは、意味、は何」、「蜂の巣て言うのかな、日本語だったら」 「そこにね、凄い子がいてね、生まれつきのMなの、見た感じは全然だけど」 「でね、そのお客に、東京都の職員がいてね、拳銃をお金の変わりに置いていったらしいの、凄く困ってたの、事務所には、自腹で払って、十日後に、 持ってくるて言ったけどそれきりらしいの」 「この前も、電話で言ってたの、理恵に学生運動の人とか知らないか」 「なんで、公務員が拳銃を持ってるの」 「詳しくは、知らないけど、自分で作ったり、横浜から買ったりしてるとか 本人は言ってたらしいの」 俺はこの事件を、少年刑務所で、知った。 昭和52年、10月24日の月曜日の毎日新聞に「都職員が、短銃密造」、自宅を工場に・・・、 9人を逮捕と、三面記事に載っていた。 「でも、浅間で終わったからね、学生運動も」と思い出したように、この人が呟いた。 この時代は、よど号事件から4年が経っていた。学生運動が下火になり、金大中氏拉致事件が起きて、この辺りから各地で「神隠し」と恐れられた、 理由にない消息事件が多発する。言わえるこれが、今大騒ぎになっている 北朝鮮拉致事件であった。 「じゃ、幾らで売るか、聞いといて」、「多分、プレー代で良いと思うけど」「5万くらい」 「ばーか、そんな、安いわけないでしょう」 「変態行為で、高いんだ」一瞬会話が止まった。 この人は、おれを睨み、「変態じゃないの、趣味の世界、きみは、私のこと、変態て、思ってるの」俺は返事ができなかった。 「きみは、勘違いしてる。分かりやすく教えてあげる」あごをしゃくりながら、「世の中、て、奴を」 その顔には、眩しい、ディォリシモの香りは、「もぉ」感じなかった。 俺は、弱い俺は、心のどこかに、それは、小さいけれど憎しみの混じった 愛しかなかった。ズルイ俺は、貴美子の死からいつも、逃れていた。 「人間の世界も、自然界も、同じなの。弱い順に食われるの。住む場所も決まっているの。肉を食うもの。草を食うもの。何でも食うもの。中には、屍を食う奴だっているの。おこぼれを上手に貰うのもいるな、よく考えてごらん、「やくざやさん」なんか、肉食獣そのものでしょう、きみが憎んで、殺そうと思っている「矢野」なんか、んー、ハイエナかな。」 「俺は」、「・・・」「そうね、コウモリ。アハハハハッ、英二は何でも中途半端ダカラ・・・アッハハッハハ」 獣でもない、鳥でもない、そうかも知れない。死んだ女の影にしがみ付き、 この人にも飛び込めず、確かにそれは、貴美子でもなく、この人でもなかった。 イソップに出てくる、都合のいいときには鳥になり、都合が悪いときには、獣になった。 「ねえー、理恵は、」「えーと」、「ヒョウ」「豹かな。」「豹かーぁ、へー豹ねぇー」 酷く納得してた。目の前を貴美子が、バンビになって、跳ねた。 「つづきつづき、えーとそれと似たものが、男しか愛せない男、オンナしか愛せない女。残りが、理恵たちみたいな官能の世界に生きる人たちかな」 俺は「たち」、に物凄くこだわった。「俺も、」 「そうょ、英二はソフトSM、M君、英二はM君アハハハハッソフトM君だぁー」 「あれが、」「そうよ、」「じゃぁー凄いんだ。本当のSMは、」 「そりゃそうよ、だってエスカレートして死んじゃうことも稀にあるみたい」 「あのね、理恵もそうだけど中々逝かないの、だから男の人なんか勃起したまま、何時間もプレーを楽しむのね」「普通のセックスは果てたら終わりだけどね、凄く偉い政治家だけど、「玉金」に画鋲を何個も刺す人がいるらしいの」、俺は言い訳するように、貴美子の仇を成し遂げるために、この世界にいるんだと、このまま沈みそうになる自分に言い聞かせるしかなかった。 「どんな、形のやつかなー」「んっ、あー、ピストル。なんか凄く小さいて、言っていたから」 そして、拳銃は、俺の二ヶ月分の給料で買えた。確かに、その拳銃は小さかった。 |
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2007-04-29 Sun 00:26
貴美子の死が俺に、残していったのは「悲しみ」と「後悔」そして「未練」
と言う名前の本に、俺の弱さが、書き綴られた短い一冊の本だった。 貴美子は、両足の間に手を差し込んで寒そうに、小さくなって死んでいたらしい。 「寒かったね、寒かったね、」と母親が声を上げている。 父親は、葬儀屋の社員に、「ドライアイスは入れんでよか。死んでからも、寒か目にあわすんな、」と大声を上げた。 白い「お面」みたいな、死に顔は俺に問い詰め、見れなかった。 父親が俺に、 「お前は、ほんに、良くしてくれた、すまんかったね、あがと ありがとう」と何も知らずに言う。 俺は、貴美子の家族の顔も誰一人見ることはできなかった。 頭の中は、あの人と交尾する俺の姿と、アジサイの横で赤い長靴を履いた、 貴美子の顔が半分づつ埋めていた。 何も聞いていない親戚のオヤジが、「こん、バカチンが、親より早く死ぬヤツがおるか」と 酒に酔って声を張り上げる。 チョロチョロしていた子供たちが、ゼンマイでも切れたように止まった。 左手に巻かれた包帯だけが何もかも知っていた。 「ごめん、ごめんよー」俺が病院に、遠くても行けば・・・・ その横であの人と交尾する俺が汗を拭いている。 貴美子の姉が、ドス黒い顔で、「明日は、お父さんが、中根君にも、骨を 拾わせろて」、そのくもった声とドス黒い顔は、「お前は、昨日何処に居たんだ」と問い詰める。 明け方に、幻覚を見た。ながーいエスカレータに乗った貴美子がスーゥと昇っていく、 俺はくだりのエスカレータに乗っている。 「どこ、いくと」、追いかけようとすると、腰から下にまったく感覚がない。 「待てよ、貴美子」、振り向いた顔が、小さいとき家の近くに住んでいた 乞食の女の顔だった。それは、もしかすると俺のみにくい心。 貴美子は二日で涅槃に行ける姿に変わった。霊柩車が船笛に似たホーンを鳴らした。 ジョンが吠え立て、誰かが、犬でも分かるよ、「別れが」と言った。 火葬場では、母親が狂ったのかと俺は思った。 「貴美子が熱つかー、貴美子が燃えとるぅー」俺は、居たたまれなかった そして僅か、45分が、家族の17年の思い出と、俺の想いを煙にした。 貴美子の骨は、左腕の注射のところが黒く灰になっていた。 くすりは、心も体も食い散らしていた。 長い箸で、骨を摘んでも悲しさは目の前の現実に飲み込まれ、吐き気のほうが、強かった。 貴美子と俺の、最初で最後の儀式は別れの儀式。薄ら笑いが出そうだった。 アパートのドアを開けて、貴美子がいないことを、頭が、目から映し出す。 しかし心は、受け入れることは出来なかった。 わずか、二日なのに何年でも過ぎた気がする部屋で初めて泣いた。 貴美子の箸を舐めた。貴美子の串で髪を研ぐ。洗濯機の中から貴美子の下着を出して匂いを嗅いだ。そして自慰をした。 貴美子は俺に何を一番して貰いたかったのか、何を望んでいたのか、 何をすれば許してもらえるだろうか、ただ残された俺に、せめてもの 償いは、矢野信二を殺すか、かたわにして、死ぬまで苦しませる。 これしか、ないように自分に言い聞かせ、俺も、貴美子と同じように、胎児に似たかっこうで 妖精を寒い部屋で探した。 |
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2007-04-28 Sat 21:39
腰から、サーッと血が昇るのが分かる。胃が締め付けられて、吐き気が襲う。
「オエ、オエ」となるが胃液が胸に止まり、焼けるような痛みが、広がる。 「どうしょう、怖い、怖い、助けて、死にたくないよー」 「おかあーさんー」。気が遠くなってくる。最後のちからで、トビラまで走った。 首に何かが、引っ掛かる。死神のカマと私は、思った。 それは細い、洗濯物を干す紐だった。 気づいた時には、後ろ向きで、頭から倒れた。にぶい音がしたのが、自分でも聞こえた。 体の中身だけが、抜けていくような気持ちがする。 「とても、寒かった」。ジョンが現れて、パトラッシュになった・・・・ 翌朝、入院患者が、凍え死んだ貴美子の死体を見つけた。 「あっけなく」貴美子は逝った。俺に色んな宿題を残して・・・・たった、一人で・・・ 都会の明るい夜空を見上げ、「ほら、あれ、あそこ」夜空に字を書くみたいな仕草で、この人は 人差し指を動かした。 「いいね、横に四つ、縦に、六つ、十字架に見えるでしょう」 「・・・・」俺は痛み止めが切れたのか、倦怠感と頭痛、それと訳の分からない不安、{それは、怯えに近いかもしれない、}、が腕に巻かれた包帯に染み込んでいく血のように広がっていた。 「今は斜めにしか、見えないけど、1000年前まで、ちゃんと十字架に見えたの」、ふらつく頭でどうでもいい返事をした。 「あのね、きみの悩みは、分かるよ」、「ふーん」 「おおくを望まなければ、失うものはないの、そして失って初めて気づくものがあるの、 一番大事なものが見えてくることもね、きみはね、一番近くに置かなければいけないものを、 一番遠くに置こうとしてるかもね」 「寒いね、帰ろか、」「んっ」と子供みたいに返事した。 夜空から、顔を下ろすとこの人の顔が、一瞬だけ、貴美子に見えたような気がした。 そして、いてもたってもいられない、寒さから来る震えなのか、 不思議な震えがもう一度星を 見詰めさせた。 「泊まってく・・・」、赤い数字が、何かが終わりそうなのを、俺に告げた。 そして、この人の横顔には、いつも俺が感じていた、気高い女ではなく、酔った何の香りもしないただの、女が寄りかかっているだけだった。 病室に先に帰ってきたのは、父親だった。 トイレにでも、行ったのかと、つかの間思ったが、提灯みたいにぶら下がった点滴のビンが違うことを教えた。 父性愛と言うのか、父親の本能が、少し冷たくなったフトンに触れた指先が 娘との別れを知らせる。薄暗い廊下をすべるように走る。 ふと、幼い貴美子が泣きじゃくりながら後をついて来る、遠い日が頭をよぎる。 現実と分かっていても振り返る。やはりそこには、薄暗い廊下が続いている。 俺は、母親より好きな女が寒さに震え、のたうち苦しみ死んでいくなか 「犬のように」、あったかいベットの上で腰を振っていた。 |
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2007-04-28 Sat 00:32
俺は、エレベータの赤い数字を見上げている。この人の寄りかかる右肩を意識しながら。
この人は、子供みたいに、「はーち、きゅーう」と、赤い数字に合わせて声を出している。 「12」で、赤い数字は、止まった。 「私」は、何度も洗濯紐に引っ掛かりながら、ようやく屋上のベンチに、辿り付いた。 金網越しに夜景が見えた。暫く眺めていたら、物凄い悲しみが吹き上げてきた。 ジーパンの裂け目から、白い包帯が覗いてる。 包帯の下には、「信二」と彫られている。「誰かアイツを殺して」 みんな、「嘘だ」「嘘ばかりだ」。「ペンは、剣より強い」「嘘」嘘嘘嘘 私は暴力に負けた。くすりに負けた。打たれるのが怖くて、何でもやった。 自分から、矢野に、注射してと「頼んだ」 イレズミも、凄く痛かったけど、ツルツル頭の二人に、打たれるのが嫌で、 怖くて、じっとして我慢した。 「妖精」さん、私は、悪い、ねぇ悪い、悪い、悪い、「悪いよね」 ザーと、ルル3錠を一気にコーラと飲んだ。 咳き込んで、何個か口から飛んだ。 私には、薄明かりの中に、散らばった、白い錠剤が人形姫が流した「涙」に 見える。やっぱり死ぬときて、こんなに色々出てくるのかな。 アトムやドラエモン。残るのは「妖精」だけか・・・・ 「ドクン」と心臓が、動いた。すると背中に寒気がくる。 混ぜ物の多い薬を打ったような感覚が、体の中を巡る。 首から上だけは、ポカポカとしてくる。このまま、「死ぬのかな」・・・・・ 薬の効きだした、「ぼー」とした頭で考えた。 私の人生て・・・・・・警察病院の女の人は、何で一番好きな人を殺したの 「じゃ」、おまえは、なんで死ぬんだ。死ぬより英二を失うほうが、辛い・・・ 英二が、大人になったときに、私のことで後悔しない・・・・ 「きちがい女」と・・・・赤ちゃんできたら、蛇の顔を見て泣かない・・・ それより、「今なら・・」英二は、絶対、絶対、絶対、私のことを忘れない・・・ 今なら・・・私は、夜空を見上げた。 俺は、頭の芯まで冷える屋上で、「夜空」を、見上げた。 何となく、得体の分からない、不安が体を包むが、この人のワインに酔った 吐息と、髪の匂いが、それを遠ざけていた。 |
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2007-04-26 Thu 23:16
「死のう」それが一番いい。今ならまだ、綺麗な思い出が残っている。
でも、どうやって。右手の点滴の針とチューブに目を向けた。 矢野がよく言っていた。「貴美子、注射器に空気入れるなよ」 ゆっくりと押して、針の先から、ピュとネタが飛び出たら、指でポンポン 弾け、すると中の空気はなくなる」あいつは、いつもシャブを打つ前は凄く、 臆病になった。そうだ点滴の中に空気入れたら「死ぬかな」。 膝を立てたときに、腰骨に何か当たった。思い出した。薬局で風邪薬とカミソリを買ったんだ。朝から頭が痛いて言ったら、英二が、1000円くれたんだ。 あいつが悪いんだ。あの「八百屋の」、「くそオヤジ」あいつが、薬局に行くときに、いきなり、 「おい、下着だけで、公衆電話使うな」「近所迷惑になる」とか言ったんだ。この前虫がいっぱい出てきたときに、英二に電話しただけなのに。それで、英二が帰ってくるたびに嫌な顔であいつらは、英二のことを見るんだ。おまえだって、服に虫がいっぱい登ってきたらぬぐだろう。 それで、悲しくなって、カミソリ買ったんだ。私が悪いんだと思ったんだ。 そのまま、ポケットに入れてたんだ、風薬。「ルル3錠」て書いてある。 これ全部飲んだら「死ぬかな」・・・・これが貴美子の運命だった。 神様の「きまぐれ」で、人は「アホ」みたいに「死んでいく」。その「アホ」になる人間ほど、 まじめで、爪の先ほども、罪を犯かしたことの無い人たちなのだ。 ルル3錠のビンを持ち上げ見詰めると、昨日のように輝いた日々が見えた。 ぎこちない初めての「キス」。私に意地悪する女の子の、「検便」をジョンの、ウンコとすり変えた、英二。何所かに遊びに行くと「帰さんよ」といつも言った英二。英二と朝を迎えたとき、この人の子供を産もうと決めた日曜日。三年の熔けるような時間だった。バスをわざと見送って、「帰らんよ」 と二人で笑った、バス停。毎日が少女マンガの主人公。でも・・・ページを たった、1ページめくるだけで、地獄のマンガに変わっていた。 右手の点滴の針を抜いた。「ツーゥ」と流れ落ちる血が、赤い糸に見えた。 ソーとベットから降りた。薄暗い廊下をペタペタと歩いた。裸足なのに、冷たさは感じない。 ポケットのルル3錠を確かめた。 トイレの前にある自販機で、コーラを買った。喉が渇いていたので半分ぐらい飲んだ。 廊下の突き当たりの階段を昇った。 「ペタペタ」と。この階段をアトムが昇ったら、「ピコンピコン」て、音がするんだろうか。 このとき、父親は、待合室でタバコを吸っていた。 今度は、小学生のクラスの男の子が出てきて「僕は、野比のびた」と誕生日が同じだから、「家に、ドラエモンが来るんだ」 兄は、母親のために、コートを車に取りに行っていた。 「のびた」て、誕生日いつだったかな。 母親は、夜間受付の手続きをしていた。 これが、貴美子の「さだめ」だった。 人の命は、生まれたときから、決まっていた。 わたしは、重い、鉄のトビラを押し開けた。 |
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2007-04-26 Thu 09:47
アパートの天井じゃない。少し薄汚れた白い天井。一瞬雲かとも、思った。
今度は動物に見える。猪、カバ、犬、かわうそ、私の目には、そう見えた。 かわうそが「ちょと」だけ動いた。すると形を変えて、大きな「ダニ」に、なる。また、「来たな」、 「嫌だな」、「どうしょう」、それはだんだん大きくなって、この世で、一番キライな、「矢野」、の顔になる。体だけは、まだ「ダニ」のままの姿で、「逃げたら、家族を殺す」、「家に火を点ける」 「ふへっへへ、へぎゃはははは」と笑いながら私を殴る。 そして、「腕、出せ」と言ってまた殴る。「濃いーの入れちゃうけん、ぎゃはははは、早ょ、腕出せや。」般若の顔で、「矢野」が、私に注射する。 傍らには、ツルツルの頭に、イレズミを入れた二人の男がいつもいた。 「矢野、やばいと、ちゃうか、量多いとちゃうかー、」「がははははっぎゃはは。死んだら、六甲に、埋める、そんときは、頼みますよ、ぎゃはははがははは」、体の力が無くなって、 背中から、足の小指の爪まで、羽毛で撫でられる感じで、「ゾワゾワ」した。 そして、三人の男にめちゃくちゃに犯された。何度も・・・何度も・・・ そのあとは、ツルツル頭の二人に押さえつけられて、「墨」を入れられる。 動けないほど注射され、10人くらいの男たちの前で、お母さんと変わらない中年の女に 「電動こけし」で何回も、犯されたときに、心が「死んだ」。 矢野に、すりこぎ棒で打たれて、前歯が飛んだとき、「体が、心から飛んだ」。鏡に写る自分のイレズミだらけの体を見たとき、頭が、心も体も、何もかも終わり、と「告げた」。 その時私は、半分だけ死に物狂いで、握り締めていた、英二と言う「糸」を放した。 「半分の糸と書いて、なんと読むでしょう」、「んー、わかんない」、英二が得意になって、 「き、ず、な、」「絆」だよ。 矢野が連れて来る、お客とする度に、英二と、半分ずつ握った「糸」が切れた。 変わりに覚せい剤の快感と「暴力」が「鎖」となって私を繋いだ。 天井の矢野の顔をしたダニを、怖いけど睨むとアリクイになって英二の顔になった。 正気に戻れば戻るほど、英二の優しさが、死んでいた心を生き返す。 すると、今度は生きれば生きるほど、死ぬほど辛くなった。 「何も、変わとらんよ、貴美子は貴美子たい」と言いながら、ふとした時に死人でも見るような 冷めた目で、私を包み込んだ。 愛情、慰め、使命感、ちがうー、深く考えると、いつも天井や壁に、虫がビッシリ這っていた。 今日だって、あんなに英二は、血が出た。あーっ英二はどうしたんだろう、 みんな、もおあきれたの、おかあさん、ねえちゃん、兄ちゃん、お父さん・・・英二・・ あー、「イライラする」こんなときに、シヤブがあればスッキリするのに。 背中を虫が這った気がした。無意識に左手が、背中を払った。 「死のう」、それが一番良い。私なんかいない方が良い、「死のう」・・・ |
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2007-04-26 Thu 02:03
貴美子の母親は、救急車で運ばれて来る患者の多さに目を丸くしていた。
幼い子供、交通事故、ひったくりに遭ったおばあさんが、頭から血が流れていた。 あとは、急性アルコール中毒、夜間の緊急病院の待合室は、昼間の病院と変わりなかった。 アルコール中毒患者の母親らしい女の人が、貴美子と同じくらいの女の子に、囲まれている。心配そうな顔が、まるで自分自身を見ている気がした。 スピーカから「柏木さん、2番ドアに入ってください。」 ざわついた待合室は、一瞬静かになったが、 すぐに、いらついた心配そうな声が、たち始めた。 ドアを覗き込むように、開けた。移動ベットに寝ている貴美子に、繋がった 点滴のチューブがなぜか、「へその緒」、に見えた。それは、母親しか 持ちえない、特別な感情だった。それとも・・・・ カルテを透かすように、見上げている医者は、とても若かった。 「出血がどのくらいか分かりませんが、血圧が下がっていますので、二日ほど入院の手続きをして下さい」、一方的に若い医者は、言った。 医者は、それっきりカルテに何か書き込み始めた。 「あのー」、「なにか」、「傷の具合は」、めんどくさそうに若い医者は顔を上げて、 「全部で9ヵ所。その内、縫ったのが7ヵ所です、手首が3ヵ所で、 各所6針です。大腿部が、4ヵ所で、各所9針です」 「はぁー、そんなに」「ありがとうございました」 近くに立っていた、看護婦が見計らったように、「柏木さん、病室に移動しますから」と、 ベットを押し始めた。 点滴の瓶が、鳴らないカウベルみたいに、揺れていた。 「不憫、なんで、貴美子だけが、こんな目に・・・遭うと、」 悔しくてたまらなかった。貴美子の顔にはまだ、口紅やアイシャドウがそのままだった。 この子が何をしたと言うのか。なんで、こんな目に遭うのか。思えば思うほど涙が流れた。 廊下は待合室と比べると「馬の背を割った」ように静かだった。 看護婦の靴が時々、「キュキュ」と音を出す。それが、悲しい音にしか聞こえなかった。 「今日は、ここでお休みください」、扉を移動ベットで上手に開けて、四畳の部屋に入る。 目に付くのは、備え付けのベットとパイプ暖房だった。 看護婦が、パイプ暖房の蛇口を捻りながら、何もかも知ってる様子で、 「命を大事にするように」と言いながら、「柏木さん、柏木さん」 「ベット移しますよ」と年寄りに言うような大きな声を上げた。 それでも貴美子は死んだように起きなかった。 しばらくすると、長男と父親が、そーと、細めに扉を開けた。 俺は酔った母親を相手する子供みたいになって、この人の話す「コインマジック」の ような分かりそうで分からない話を真剣に聞いていた。 ただ確実に分かったのは、この人の心には「愛」と言う名前の「ひも」が 巻きついている、それも「亀甲縛り」で なにを思ったのか、この人は、「今夜は絶対、南十字星が見えるはず、屋上に、行こう」と おれを誘った。 |
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2007-04-25 Wed 10:47
「セーヌ川、わかる」、「聴いたことはあるよ」、「私がいた学園は、お金持ちの女の子ばかりでね、貴族の子もいたよ。スクールを卒業したら、親の決めたお家にみんな、嫁いで行くの。
それで、スクール時代は彼女たちの、ほんの一瞬のセーヌ川の川面みたいな 「きらめき」なの、でも、貴族の古い習慣で、嫁ぐときに「処女」かどうか調べるらしいの。 ジャンヌダルクから、それは来てるらしいの、それで、おしりの穴でしたり、口でしてあげたり、あとは「レズ」が流行るの、学園の中だけど、ウフフフフ」 空のコップに俺はワインを注いで上げる。コップから零れた赤い雫が、貴美子の血に見えた。「ありがとう、ブラボー」、この人は本当に訳が分からない。 「わたし、レズから始まったの」、この人の裸体が頭の中を掠めた。 「相手は背の高い、エグルド・サリー、胸までソバカスだらけの、「ザラ」 とした肌で、確かギリシャ系。学園でのあだ名が、ホモ・エレクトウス、 日本語で勃起させる人て言うの。」「ふーん」、「でね、レズの嫉妬は凄く 怖いの、やっぱり特殊な愛なのよ、それが嫌で、休みの日は、セーヌ川の辺をよく散歩したの。声を掛けられたの、アランドロンと思ったくらいの 良い男だった、ふふふふふ」、「おれ、理恵姉さん見たとき、オードリ・ヘップバーンと思ったよ」「ふふふふはははっふ」と口も隠さず笑って 「きみて、ほんと可愛いよ、子供なのにマメだし、私、知っているの、 私の使ってる香水の名前聞いたり、休憩時間、聞いたりしていること、 ほら紳士服コーナの松岡チーフ、きみの先輩でしょう、彼から貴美ちゃんの ことも聴いてたの、きみは、あの頃の私と同じ、方向は違うけど、たどり着くところは同じ。 愛てなんだろうに、悩んだよー私も、最初は、「噛んで」とか言うの、その靴職人の彼が、まだ見習いだったかな、ソフトなのから始まり、理恵としては、まだ普通だったの、 外人てこんなものなのかなー でも、遭うたびに激しくなるの。戸惑いはあった。嫌われたくないし、 それ以上好きだったの。きみと同じ、17だったよ、愛にはね、・・・・え・い・じ・・・・」、 名前を呼ばれた俺は、不自然にツリーにぶら下がった 人形と同じで、縛られたように動けなかった。 「温度や季節、距離、そうね風もあるかな、きみにはまだ、分からないと思うけど、今、きみたちの関係は冬かな、寒くて寒くてたまらないの、でも二人とも知っているの。あと少し、あと少しで夏のギラギラした日差しが、たまらなくて、木陰に逃げ込めば、優しいキラキラした木漏れ日がきみたちを包み込む、んーうまく言えない」、ジタンを取り出して、モールツ信号を打つようにテーブルにトントン当てながら吸うのか、吸わないのか、分からないタバコを俺は見ていた。 |
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2007-04-25 Wed 01:52
開けぱなしのアパートに帰り、殺人事件でも、遭ったような血だらけの、
部屋を見たとき、俺は、「矢野信二」を、殺すことをうすぼんやりと感じた。 俺の人生で、逃げなかったのはこれだけだった。 時間が赤い血を、俺のか、貴美子のか解らない、赤茶の「亜麻色」に変えていた。 その「亜麻色」は俺の心を、一生消えない貴美子のイレズミと同じで、心に 染み付いた。 部屋の真中に、ポツンと、誰かの忘れ物みたいにプレゼントの袋が、転がっていた。 鏡台の前に散らばったカミソリを拾うときに、触れたディオリシモの瓶が ・・・俺を慰める。 ・・・「縋りたかった」・・・、「話を聴いてもらう」・・・それだけで・・・・よかった。 気がついた時には、公衆電話のガラス箱の中にいた。 「あの人の電話のコールを、「3回」鳴らす。「3回」で、出なかったら、 「切る」と・・・それは俺と、貴美子が流した「血」えの、「賭け」の条件だった。 ツルルルルル、「一回」、ツルルルルル「二回」、ツルル「はい。角田です」、 {なんで、なんで、出るんだ、俺は、俺は何を望んで・・・} 「・・・・」、「きみでしょう」、「・・・・」、「うん」 そして、この人は俺の次のセリフを知っていた。 「貴美ちゃんとまた、何かあったな」「・・・・」、「ご飯は、」、「・・・」 「おいで、ジャガイモが、いっぱいあるよ」 初めての訪問販売の社員のように、ブザーを押した。 「開いてるよー」と声が音色の良い楽器に聞こえた。 ドアを開けると、この人の息遣いが伝わる玄関に、俺は、何所かに たどり着いたように立っていた。 何気なく着たパジャマにも、華やかさがあり、何時もと変わらない 化粧をして、何時もの香りがした。 クリスマスツリーには、小さい子供がしたみたいに、チグハグな飾りがしてあった。 たけるくんやまさとくんも、ぶら下がっていた。 それと、ジャガイモの意味も分かった。 まな板の上には、まだ針が刺さったままの、ハリネズミのようなジャガイモが何個かあった。 「ふっふふふつっ、あれは、玉金を針で刺す練習、うふふふっ」 俺は、来た事を、真剣に後悔したような気がした。 そして、複雑な気持ちでポテトサラダを食べた。 マヨネーズの効きすぎる男ぽい味。「いっぱい食べて」 すると、見つけたみたいに、「袖口に付いてる血」「貴美ちゃんは、病院かな」、俺はスプーンが止まった。本当にこの人は鋭い。 「辛いけど、それが男と、女、それが愛なの。きみは幾つ」、「17」 「17かー、うふふふふ」「私が、エスになったて言うか、目覚めたときかな」 と喋りながら赤いワインを漁師が飲むように豪快に飲んで、ツリーにぶら下がった人形を、 指で弾いた。 |
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2007-04-25 Wed 00:32
「救急車ば、呼べ」、と父が怒鳴る。
開き戸から入り込む冷たい、余りにも冷たすぎる外気は、俺の言葉そのものだった。 兄嫁が、「中根くん、住所、住所、アパートの住所」と言いながら、 黒い受話器を握り締めている。 母親の靴音が遠くなるのを確かめながら、俺は三軒隣の、近藤犬猫病院に、 駆け込んだ。 先生とは、二回、「ジョン」を連れて来たとき会っていたので、笑いながら 慌てたようすも無く、「今日は、人間ですか、緊急、緊急、特別だな」と、 独り言みたいに言った。 何故か、ブルブル震える、カゴの中の「チワワ」を俺は見詰めていた。 それに気づいたのか先生は、「コイツは、臆病でなー」と言いながら、 ダラダラと流れ出す俺の血を何でもないように、銀色のトレイで受け止めた。 そして、何となく不安になる、「怪しい」、動物の絵が付いた小さなビンを 引出しから出し始めた。 「よかね、明日絶対病院に行くように、よかね」「そこのベットに、横になって」 横たわった俺を、「シャム猫」、が覗いている。俺は、その「シャム猫」の 背中に、「妖精」が居たのを、ハッキリと見つけた。 「豚の皮で止めただけ、明日病院よかね、特別、特別、緊急緊急」 と言いながら白い包帯を巻いてくれた。 貴美子の家に行くと、兄嫁が、「貴美ちゃん、博多記念病院に運ばれたょ」 「お父さんもいっしょ、今日は、弘子さん、{姉}がおらんけん、うちのダンナも、 お母さんば乗せて行ったょ」 「中根君は、大丈夫だった」、途中になった夕食の片付けをしながら、 心配な顔で、「足も、斬られたの」、ジーパンにべっとり付いた血を見ながら訊ねていた。 博多記念病院、自電車で行く気も湧かない遠い場所だった。 この頃から世間では、病院の「タライ」回しが問題になり始めていた。 兄嫁と俺は、お互い、困惑した顔で、俺は大きくなった兄嫁の腹を見詰め、 兄嫁は、ジーパンに付いた血を眺め、家の外と中に別れた。 |
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2007-04-24 Tue 23:03
朝、起きると眉毛が無かった。「だって小さい虫に見えたから」
しょぼんとして、無邪気に答える貴美子を見ると、怒る気もしなかった。 休憩時間に眉毛を、理恵姉さんが笑いながら描いてくれた。 「大変だね、きみも、でも普通は目を覚ますよ」この事件以来、刃物が家から消えた。 店には、大きな塩鮭が何匹も並んだ。それをみながら、「はやかー、もお塩鮭が来たったい、まーた歳とるねー」「嫌だ、嫌だ、」 この頃やけに、垢抜けてきたパートのオバサンが、愚痴をこぼしていた。 俺は、十日ほど早い、貴美子のクリスマスプレゼントを、自電車のカゴに 入れて、自動車を交わしながらペダルを漕いだ。 プレゼントの中身は、デズニーに出てくる妖精だった。 「ただいまー」寒い部屋からは、返事は無かった。 玄関から鏡台の前に正座した、貴美子の後ろ姿が見える。 「寒かろう、またストーブも、電気も点けんで、なん、しよっと」 ジャンバーを脱ぎながら、部屋の電気を点けて、鏡に写る貴美子の顔を見たとたん、 「ワァ」と声がでた。 鱈の腹みたいな、白い顔。ピエロを思う唇。パンダそっくりのアイシャドウを塗りたくった目元。髪の毛が、バサバサとあっちこっちに落ちている。 そして、正座した左側に、握りこぶし程の赤い固まりがあった。 俺はそれが「血」と気づくまで5秒くらいかかった。 菜切り包丁の形をしたカミソリが何本も、膝の上に乗っている。 刺激しないように、「妖精買ってきたよ、見るね、」「おなかは、減っとらんね」 そーっと俺は近づいた。よく見るとジーパンの腿の辺りが、赤黒く変色してジーパンに幾つも 切り裂いた場所が有った。ちょうど「イレズミ」がある辺りだった。 「嫌ー、いやー」何かを投げるように貴美子の右手が動いた。 俺は左手で、庇うみたいにそれをうけた。「ひじ」の内側に、「チク」と痛みが走った。 カミソリを持つ貴美子の右手を掴んだときには、俺の左手からは、シャツを 通りぬいて、血が、5センチくらいの高さで噴出した。 表面だけ乾いていた貴美子の血が、べっとりと俺のジーパンに付いた。 俺の血も、貴美子の顔や、フイシャマンセータにベトベトと付いた。 俺の血を被った貴美子は、「もののけ」でも落ちたように正気に戻った。 「あーず」、「ごめんなさー」「ごめんなざーい」、「死んじゃう、死んじゃうーうーっえいじがしんじー」わーっ」「お母さんがくるまでじっとしとけ」 「よかか、動くなよ、」「あぅぅーん」「うーんうんあーうん、わーへぁ」 何度も何度も頷く貴美子。 俺は、止まらない血を気にしながら、貴美子の家に、走った。 |
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2007-04-24 Tue 11:31
「きみは、変わっているよ」、頭のどこかで、「おまえには、言われたくネーヨ」と声が聞こえる。この人はいつも、俺のことを「きみ」と呼んでくれた。
それが、「くすぐられる」ように嬉しかった。 俺は、昨日の貴美子の話をした。それは女王様に、何かを伝える家来の姿だった。 考え込んだふうに、お茶漬けをサラサラ食べているこの人を見ていると、 本当に外国育ちか、疑ってしまう。 そして泊まった夜のことを思い出そうとしても、記憶喪失のテレビの主人公みたいに 思い出せないのが悔しかった。 休憩の45分は、すぐに来る。 席を立つ俺に、「貴美子さんに、よろしく」。俺は、「たける君によろしく」。 顔色が、ファンデーションを塗っていても、「パッ」と変わったのが分かったくらいだった。 俺は、手に、握っていた「箸」で、目をくり抜かれるかと、思うほど、この人は怖い顔をしていた。 電話が鳴る。「チラ」、と大きな丸い時計に目が行く。金色の文字で、 「いりこさん江」と書いてある。 4時25分だった。電話が鳴るたびに、体が固まった。パートのオバサンが、 「ありがとうございます」「いりこです」と澄ました声で電話に出た。 このオバサンは、夜、スナックでアルバイトでも始めたのだろうか。 「いつも、お世話になっています」、よかった、貴美子からじゃない。 安心から、店の前を歩く、ババアに、「カルシウム万点。あたまよくなりますよ。」 「はーい、いらっしゃい」、ババアが、考えたように、100グラム、300円のチリメンを見詰めた。 人間ほど勝手な生き物はいない。ついこの前まで、逢いたくて、逢いたくて たまらなかったのが、一言でも、良いから声を聴きたいと思っていたのが、 今は、その「電話」、に怯える。空しくて情けなかった。 仕事が終わると、それを蹴り飛ばすように、ペダルを漕いだ。 外より、寒い部屋で貴美子は、退治を思わせる形で、壁に寄りかかり誰かと話してた。 すぐに毛布を掛けてやると、可愛らしい笑顔でおれを見る。笑いながら、 「英チャンが、バサーッと毛布を掛けるけん、みんな飛んで逃げたよ」 「みんな、すぐ戻ってくるよ」、と優しく俺は答える。 デパートの警備室から貰ったストーブに火を点ける。ボッボッと、コイツも 生きてるように音を出した。 炊事場に立って、フライパンでチリメンを入れたチャーハンを作る。 仕上げに目玉焼きを乗せる。 冷蔵庫の後ろのひび割れた壁にも、ちり紙が垂れ下がっていた。 「こんな・・・ところにも・・」「もう・・・きつかー・・・・」 「・・・貴美子・・・できたぞー」と声を俺は、やっと掛けていた。 そーと、立ち上がる貴美子。「見つけた。見つけた。ほらーあそこ、あそこ、」 チャームガールたちが、香水の空き瓶で作った人形を指差しながら。 俺には、見えない「妖精」が、貴美子だけにしか、見えない「妖精」が、 この部屋にはいるらしい。 「ねぇ、戻ってきたろ、」「ん、ん、ん、」キラキラした目で、貴美子は答えた。 そして、二時間かけてチャーハンを食べる。この不思議で絶望的な行動は、 やがて姉や母親も気づいた。 そして俺に、井坂病院に、入院を進めた。この病院は、地元では有名な、 精神病院だった。 俺が、我慢していれば、小さい子供が居ると思えば、と、 冷たい冬の日差しのように俺は、答えていた。 |
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2007-04-24 Tue 03:34
一通りちりめんを分け終わると、このデパートにある社員食堂に駆け上がる。
わずか「300円」で、つかの間の安らぎが買える。俺は、昨日、貴美子が暴れたことを忘れたくて、ディオリシモの匂いを捜した。 エレベータガールが決闘でも始めるかのように、手袋を外してタバコに火を点けている。 昨日買ったシャツを同僚に見せている、電気コーナの女。 あと、一分待って来なかったら・・水曜日の好きなメニュー、フルーツサラダを 食べようと決めた。 「おはよう」、振り向かなくても分かった。体に染み込んだ化粧品の匂い。 1階の化粧品コーナのチャームガール。角田理恵。25才。 俺はこの人を知ったとき、ディオリシモの香りが゜好きになっていた。 そして、この人は、生まれつきの、「エス」、だった。 「どおっ、同棲時代は」、気取った感じなのに嫌味がない、いつも俺の、 次のセリフを知っているのに、それを試しながら、言葉を選ぶ人だった。 流行のエマニエルカットの髪を、「サー」と指ぐしで、とかす素振りに、 とてつもなく大人の女を感じた。 親戚には、華族もいる家系で、高校、大学と外国で過ごし、直向に「デオール」を愛していた。 そんな人が何で、安っぽいデパートに居るのか不思議に思っていたのは、 多分おれだけじゃなかった。 噂では、ここのデパートの株主の娘だとか、社長の愛人とか、色んな噂はあった。 それとパリで過ごした時間が、アブノーマルな、屈折した愛情表現でしか、 喜びを味わえない女になったと誰かが言っていた。 デパートの売上達成で、社員感謝デーがあった夜、この人とチークダンスを 踊った。体が触れた瞬間、母親が持つ、強さに似ているが「ちょと」違う、 姉が持つ高慢さでもないところに、俺は「あこがれ」、を感じた。 そして「ディオリシモ」の香りが好きになった。 酒の飲み方も、知らない俺は、グテングテンにヨッパライ、この人のマンションで朝を迎えた。 「日本に帰ってきて男、んー、男の子かな、初めてよ私の巣に泊まったのは」 「もーっ大変だったから、ね」、ベットの棚には、誰が見ても分かる、人形が並んでいた。 俺はまだ酔っているのかと思った。並んだ人形は、「リカ」、ちゃんシリーズの 男の子たちだった。 普通と違うところは、たこ糸が、「亀甲縛り」、で、体に巻き付いていた。 違う棚には、男の人形がカップルで並んでいる。それに向かって、 「わたる君、おはよー、まさと君もおはよー、あー、ゴメンネ、いさむくん たける君、おはよう。」寝ぼけた、二日酔いの頭では理解出来なかったが 体だけは、危険を感じるように素早く動いた。 黒のキャミソール姿で、「君は私の、ひ、み、つ、を知った男の子、これから仲良くしようね」 黙っていると、「返事わーっ」、「はい」と催眠術に掛かったように言った。 この人がトイレに行ってるすきに、俺はイタズラで、わたるくんか、いさむくんか知らないがくびを挿げ替えて、逃げるようにマンションを出た。 あの日からこの人とは、凄く仲良くなった。 そしていつも俺の話を真剣に聞いて、真剣な答えをくれた。 それは、まるで、「コンシェルジュ」のようだった。 |
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2007-04-23 Mon 15:14
「はい、」「いりこですが・・・」「はーぁっ」「英チャン、電話よ。」
パートのオバサンの顔が変わっていた。俺は貴美子からだとすぐに悟った。 「もしもし」「むしーっ虫がーぁ、いやだーァ、」「矢野が来て、便所に隠れてる」「ワーァンまた殴られる、いやーイレズミいれるのいやだーよ」 「おかあさんー、注射もいやだよー、イヤダヨーうわーんはやくはやくきてーっ」 「おばぁちゃん、ゴメン」、「帰る。」と言っただけで、店をでた。 アパートの前の八百屋には、おれを冷たい目で見る主人と、パートのオバサンが見せた、嫌な表情にそっくりな顔をした、オバサンたちがたむろしていた。 ドアには、新聞紙が挟まれている。開けると、新聞紙がバサバサと落ちてくる。 煙が、すーっと流れる。カーテンを締め切った部屋は、薄暗く、煙がぼんやり漂っている。 電気を点けて驚いたと言うより、愕然とした。薬物の怖さ、貴美子の苦しみ を、「ハッキリ」と俺は見る。 隙間という隙間には、ちり紙や、新聞紙が詰め込まれ、壁には花が咲いた ように、ちり紙が白く垂れ下がっている。 蚊取り線香を何本も焚き、それがモウモウと煙を出している。 タンスの引き出しからは、殆んどの服や下着が投げ出され散らばっている。 そして下着だけの貴美子が、壁に沿うように右手には、掃除機のパイプを持ち、左手にはキンチョールのスプレーを握り締め。 「し、し、」と上を見上げながら、「イヤー」とパイプを振り回し、キンチョールを、「シュー」と吹きかけキョロキョロとしている。 呆然とした俺にやっと気づいた貴美子は、小走りで近づき、「虫が一杯出てきて噛むのー、ほら、ここからも顔を出すの」と言って、自分の注射の痕に キンチョールを吹きかける。 テカテカに光る腕を見ながら、俺は、「分かった分かった、もお、虫はおらん、よか、よか、虫は全部逃げた。コタツに入っとけ。もお、おらん」 「便所はー」と貴美子が聞く。「便所の矢野は、帰った、おらん、おらん 虫も矢野も、ぜーんぶ流れた。もおー、おらん」・・・・ 俺は泣きそうになりながら部屋を片付けた。靴下に冷たくなった貴美子の小便が、染み込む、それは寒い17の冬の入り口だった。 それから貴美子は、俺に像アザラシのような長いセックスと言うより、 交尾に近いものを求める。 夜のうちに、姉にきてもらい、何とか朝は来た。仕事に行ったら、パートのオバサンが、主人が浮気するのも、子供がぐれたのもみんな、昨日いきなり帰った俺が悪いように、叱った。 「じゃ、今日は、一時から四時まで、おばちゃん休んで良いよ」 「あらっそお、」と、少女のような明るい顔をしたパートのおばちゃんが とても、羨ましかった。 |
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2007-04-23 Mon 07:28
家に帰った貴美子は、安心と若さで見かけだけは17才の娘に戻りつつあった。
時々死んだように「うつ」になり、遠足前の小学生を思わせるほど、はしゃぐ時もあった。 俺は学校も辞めた。父親は、「おまえの人生だ」、一言漏らし、母親は、もお、着ることも無い学生服にブラシを掻けながら、「ばかちんが」、と泣いた。 貴美子の家に行くとジョンがまた来たかと、迷惑そうに吼えた。 お互いに傷口を触らなければ、見なければ、幼い、「ままごと」、の通い夫の生活は続いた。 しかし俺はその傷口を、いつ血が吹き出るか解からない傷口を貴美子が 死ぬまで、治せなかった。 この暮らしを貴美子の両親は目を細め、俺の母親は、さざえの顔で見守った。 些細なことで貴美子に、「後遺症」が現れる。 俺が姉と、仲良く喋ったりしたら、それは手が付けられなかった。 物忘れは酷く、どんなに注意しても、トイレのスリッパを何度も履いてきた。 ちょとした物音にびくつき、その物音の正体が何か分かるまで、大騒ぎした。 あげればキリが無かった。 季節は、神社のイチョウが小金色に変わり、部屋のおぜんが、コタツに変わった。 そしてこの日貴美子は血を吐いた。一週間入院して、医者は母親に 何かを告げた。俺はそれを聞くことは無かった。 姉と母親は、貴美子の寿命を知っていたように、風格のある父親に頼み、貴美子の家の近くに、六畳二間のアパートを俺と貴美子に借りてくれた。 俺と貴美子は、その日から行く先の見えない、「明日」、の分からない遠足それも、「めくら」、の女をつれて歩くような、気の休まらない「遠足」、が始まった。 家を出た貴美子はやけに、明るく、母親はフトンやコタツを嫁に出したみたいに買ってくれた。それは・・・・小さな、小さな、「幸せ」だった・・・ 貴美子の腕に残る「あざ」に見える注射の痕。背中の半分だけ色の付いた刺青、 ふとももには、「信二」と彫られてあった。 二の腕には、命、とも彫られてある。背中の刺青は、女の火消しが「まとい」を掲げている。 正面は、両乳を咥えるように蛇が、乳房の廻りで口を大きく開けていた。 それは、片方の蛇にしか色は付いていなかった。 貴美子は風呂に入った日に限り、俺が聴きたくも無い話や、 俺の知らない時間の話をして、よくケンカした。 ケンカが終わると、「こんな、私でいいの、いいの」、と確かめ。 俺を見詰める瞳はいつも、赤く濁っていた。 その度に俺の心には、落ち葉のように、何枚も何枚も、自分でも分からない 気持ちが積み重なっていた。 五ヶ月目に、「フラッシュバック」が怖いですねと言った医者のセリフが当たった。 その、「幕」、が、開いたのは一本の電話だった。 |
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2007-04-22 Sun 23:18
何度も訪れた見覚えのある部屋に、光沢のする茶色い膝くらいの高さの
おぜんが、置かれている。その真中に甚平を羽織った父親が、座っている。 その姿は、年月の経った盆栽を見るように、風格が、かもし出ていた。 そしてその姿は、微塵の陰りさえも感じさせなかった。 しかしクラーの効いた六畳の部屋の中でも、ウチワを持った手は、怒りを払うように絶え間なく動いていた。 置かれたおぜんには、場所でも在るのか、母が座り、姉が座り、貴美子が座った。 兄嫁が、誰に言うでもなく、「スイカわりましょうか」と訊ねた。 俺は玄関のかまちに、まるで回覧版でも持ってきた近所のババアみたいに チョコンと、座って、家族だけの、血のつながり、「絆」他人には絶対見えない「紐」を感じながら、父親の重たいセリフを待った。 「貴美子、おまえの一年は、夢と思え。」「そして、忘れろ、」 「よかか」、「おまえが一番つらか、それもわかる、ばってん忘れろ」 「わしゃー、こやしこしか、言えんたい」、動揺も感じさせなかった父親は、ボロボロと惜しげも無く涙を零した。 俺は判決を聞き終えた被害者の母親みたいに立ち上がり、「ジョンの散歩に行ってきます」と俺も、兄嫁と同じで、誰に言うでもなく、言った。 貴美子が、「ちょと」、顔を上げておれを見たのが分かった。 年老いた雑種のジョンは、別に喜ぶわけでもなく、今まで何百回と歩いた道を 俺に引きづられた。 神社の木陰に倒れるように、逃げ込む。大きなイチョウの木には、何年も、 いわく在りそうな綱が巻かれている。足元には蟻が、この世の終わりみたいに 蠢きあっている。 雨不足のため今年はセミが少なく、二年前の戻らない鳴き声は聞こえなかった。 たった今の父親のセリフと、昨日の夜の、俺の母親のセリフが頭から離れない。 「英二、貴美ちゃん、明日帰ってくるんか」、なにげなく訊ねているが母親の顔には、 すきが無かった。 「一時十五分。博多駅。」、「お前、良いんか、」、「なんがー」、 分からないふりをしていたが、母が言いたいことは、痛いほど分かった。 俺は、この二ヶ月の間、髪の毛が抜けるほど考え、悩んだ。 貴美子を好きな気持ちには、変わりないと、ステンレスに錆びが付かないと同じで、五十年過ぎても、やきもちを焼ける自身があった。 ただ子供時代に例えるならば、新品のノートに綺麗な字が並ぶ。 1ページ、2ページと、しかし3ページ目には、消しゴムで汚れたページが出来る。すると、次の日には落書きだらけのノートが、ランドセルに入っている。 気に入った人形のどこかに傷でも在れば、それが気になってしょうがない。 そんなのに似た気持ちが人の言葉に、炙り出され、もう一人の俺をイジメ、 別の俺は、好きなら良いじゃないかと慰めた。 神社の屋根の上に飾られた「天邪鬼」に、似た木物と「ジョン」が、俺の心を、見透かしていた。 |
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2007-04-22 Sun 21:28
母も、姉も、貴美子に気を使っている。貴美子はタクシーに乗っても
俺と喋ろうとしなかった。 タクシーの後部座席で、貴美子の小指に触れた、俺の小指。それは、刃物で切った瞬間、血が出るまでの、痛くないけど、「はっ」、とするあの気持ちに何処か似ていた。 運転手が盆帰りですかと尋ねる。誰も返事をしなかった。 誰よりも見たかったこの景色を、今、貴美子はどんな気持ちで眺めているのか。 そっと、貴美子が俺の手に、手を添えた。その手が、とてもよそおかしく感じた。 母親が近所の目を思い出したのか、あわてて、家の近くでタクシーを止めた。 路地の隅っこに、あぶらセミが、いっぱいの蟻に運ばれている。 まだ、あぶらセミの足が、弱弱しく動いていた。 貴美子の家に飼われている、「ジョン」が、こっちを見ている。 暑さのため、掘った穴から、顔をキョトンと出して。 「ジョン」、貴美子が大声を出した。そのとき、貴美子の口から白い物が飛んだ。 入れ歯だった。誰も笑えなかった。大事そうに拾う姉の背中が震えていた。 貴美子は、まるで俺に、言ってるように、「ごめんね、元気だった。」 「あんたのことは、一日も、忘れんかったよ。」 ジョンは、手綱を引かれた馬みたいに立ち上がり、貴美子の帰りを人間と違い、素直に喜び、素直に受け入れていた。 俺は、ジョンをみつめ何かを教えられた。 買ったばかりの、ワンピースに、ジョンの足跡が幾つも付くのを気にもせず 座り込んだ貴美子の「うなじ」、から、チラと見えた青黒い墨に、俺も、姉も、 逃れられない今日の暑さと現実に連れ戻された。 「早よ、入らんか。」と、引き戸の奥から父親の声が聞こえた。 その時、どんたくの日に、貴美子と買った、「風鈴」が、チリーンと 泣いているように、俺には聞こえた。 |
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2007-04-22 Sun 19:36
俺が事件を起した後、刑事が教えてくれた。
貴美子は、さらわれたその日に、シャブをたっぷり打たれ六人の男に犯された。 手錠をはめた手が震えたのは、多分死ぬまで俺は、忘れない。薄暗い通路を 刑事と歩いた。「中根、おまえがやったことは署のやつらも誉め・・・。」 と、言って言葉を濁しながら、「認めとる。しかし、法は、法だ」 「最後だけん教える、よかか、殺意を認むんな、そしたら、18ヶ月で、出られるぞ」 この刑事は拳銃の入手ルートを調べるための、俺の担当だった。 猿渡刑事。肩書きは、警部補だった。 国士舘の猛者で、潰れた耳を良く触る巨漢で、多分何年も変わっていない スポーツ刈りが似合っていた。 取り調べは、黒い自供ノートを顔に当て殴り、跡が残らない警察らしい取り調べだった。 それに、「マッチポンプ」、の上手い刑事だった。 それでも俺は、交通事故で死んだ先輩の名前しか歌わなかった。 当時は、「チャカ」、一丁が組員二人分とか言っていた。 「でこすけ」、[警察のこと}、が、やっきになっていたのも分かる。 それも、18のガキが、紛れも無い真正銃を発射したのだから。 「ほらー、何か言わんねー、貴美子、ほら、」姉が気を使う。 ブルーの薄いアイシャドーを塗った、焦点の定まらない瞳は、俺のうしろを見ている。 それは・・・現実なのか・・・未来なのか・・・過去かも・・・・・ どれを見ても終わった、貴美子も俺も、それは、「青春」、じゃなく、 冷たい春。「令春」、だった。 俺は、いたたまれず、目をそらした。貴美子は、青色の涙をボタボタ落としていた。 羽ありが飛びたつように、こだまから降りた乗客を確かめながら、駅員が 小さなハタを「バサ、バサ」と二回振った。 それは、俺の気持ちを振り払う力強いものだった。 |
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2007-04-22 Sun 17:10
母と、姉はセミの声が聞こえる、保健室並みの設備しかない診察室の壁に貼られた、視力検査のポスターを見詰めていた。
下ろしたてみたいな、白い白衣を着た優しそうな医者が、待たせた事など、気にかけたようすもなく、目の前の椅子に腰掛けた。 そして、母も、姉も聞きなれないセリフを聞いた。 「フラッシュバックが、怖いですね。」、母親は、訳もわからず頷いている。 そしてカルテと言わず、調書と言いながら、「一日、6回から、8回使用・・・、これは、通常の量を遥かに超える量で、・・・死亡しなかったのが、不思議なくらいです。」 「薬物依存症によくあるケースで、何かから、逃れたかったのかもしれません。それと、短期間に彫られた入れ墨が、腎臓、肝臓に薬と共に、そうとう負担を掻けています。 姉も、母も、冷房もない部屋で震えた。 vanの黄色いワンピースを着て、ポニーテールの貴美子は両脇を看護婦に支えられて、夏の日差しを眩しそうに顔をしかめて立っている。 姉も、母も、まだ首の座らない赤ちゃんを受け取るように、貴美子を抱いた。 俺は、駅のトイレに節水、節水と書かれたフダを眺め、流れない排泄物の嫌な匂いを嗅ぎながら、貴美子えの最初のセリフを悩んでいた。 この年、福岡は、異常な水不足だった。 駅のホームは盆の帰省客でいっぱいだった。しかし俺の目には博多の駅は、止まってる。 心臓だけが、俺とは別の意思を持っているみたいにボコボコと動いている。 「来た。」、陽炎の幕を破りながら、「こだま」、が近づいてくる。 ひょうきんなイモムシの顔で・・・何枚も、何枚も、陽炎の幕を破りながら。 目の前を通り過ぎる「こだま」には、過ぎ去った日々が、「もお」絶対に帰れない、帰らない、 時間が、そして貴美子が・・・乗っていた。 窓に俯いた貴美子が見える。姉が、子供でも起すみたいに、肩を優しくたたいている。 幼い妹に戻った貴美子は、首を左右に振っている。ポニーテールが揺れている。 こだまの窓に映る俺の顔は、まるで父親になったようにそれを見ている。 姉が楽しそうに、棚から荷物を下ろしている。それでもまだ、顔を上げない貴美子。 俯いたまま席を立つ貴美子、背中には、汗が地図みたいな模様を書いている。 うしろに立った姉が、貴美子の両肩に手を乗せ押している。 たった「三歳」、上の姉が明るく振舞うのがいじらしかった。 周りから見れば、夏休みに帰ってきた、楽しそうな姉妹に見える。 母親は、疲れた顔で、重そうに座席から立ち上がる。そして、芯の入った目で、俺をみつめ 頼みますよと、言っている。 俺は、「戸惑い」、「うれしさ」、の交じり合った、鼻の奥が「つーん」と、 する気持ちで、体をドアのほうに、移動する。 俯いたまま姉に肩を押される貴美子の、足元をリガールのコインロファーが 普通の女の子に見せている。 そして、ロファーがホームにつくより先に、人の流れを追い越した、 ディオリッシモが少女らしい嫌味のない香りで俺を少し和ませた。 十日も前から考えていたセリフ・・・「おかえり」・・・・ 顔を上げた貴美子は、薄化粧している。それは、七五三の子供・・・・だった。 しかしその顔には、少女の輝く瞳は無く、「どんより」と俺の知らない 「世界」、が、瞳には映っていた。 |
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2007-04-22 Sun 13:50
警察病院は、決まり、決まり、と退院を中々認めず、「退院したら、覚せい剤取締り法で、調べが、待ってまっせ、」と言うだけだった。
母親は、世の中の不条理を、ただぼんやり聞くだけだった。 貴美子は二ヶ月で8キロ増え、前歯も入れた。しかしそれは、形だけの人形・・・作り物だった。 姉はこの二ヶ月の間、俺に絶え間なく貴美子の状況を伝えた。 「今日も、中根君の話が出たよ。」、いつも明るい・・・けれど・・・泣きそうな顔で・・・・ 「あっ、そう、そう、貴美子に香水買ってやったょ。ディオリッシモ。」 「中根君、好きていうとったでしょう、この香りが、貴美子、喜んだよー」、 「それと、貴美子がね、あの人は、見える優しさじゃないて、あっ、これ、これ、これが大事。」 8月に退院予定。あと二週間、あんたは、なーんも心配せんで、待ちんしゃい よかね。」 「ところで、何で中根君は、ディオリッシモが好きなの。」 ちょとだけ、暗い顔で、姉は、俺を覗き込んでいた。 セミが鳴いている。大阪のセミも福岡のセミも鳴き声は同じだった。 でも、私には、「泣いて」、いるようにしか聞こえない・・・・ 格子戸に見える鉄格子にしがみついてるセミの抜け殻を私は思いつめた目で見詰めている。 二年前、英二と見つけたセミの抜け殻、家の近くの公園の木にしがみついていた。 英二が、「虫たちの変身は、未だに科学では解明でけん」と、得意げに話し、イモムシからサナギに変わり、綺麗な蝶に生まれ変わり飛び立つと、 ・・・・私は・・・その・・逆・・・だ・・・ 「中には変わらん虫もおるよん」、「ふーん」、「俺と、貴美子と、いっしょたい」 「はーっ」、「死ぬまで、変わらんとよ、俺と、貴美子は」、二人で笑った 手を伸ばし、セミの抜け殻を、グシャと握りつぶした。 セミの抜け殻は、小さな琥珀色のかたまりになって、手のひらからパラパラと、落ちた。・・・・そして・・・私は・・・声をあげて、な、い、た、・・・ 私が泣き止むのを待っていたように、「少しは、楽になりはった」、隣のベットから聞こえた。 酷く枯れ、割れた暗い声は、聞き取れにくくセミの声に溶け込んでいた。 殆んど喋ったことは無かった。いつもカーテンを締め切り、苦しがる「いびき」が聞こえた。 頭から右肩まで、ヤケドで爛れ、髪の毛は、半分だけカビみたいに所々生えている。 顔もやはり、半分だけがひきつり赤黒い色で覆われ、右目は白く腐っていた。 そして黒むらさき色の歯茎と薄黒い歯が、むき出している。 私は、爛れた顔より、薄汚れた寝巻きから覗く、赤く「ちぼんだ」乳が痛々しかった。 その女の人は、きつそうに。「わては、この世で一番好きやった男を焼き殺したんゃ」 「フェフェヘヘヘフェフエヘ」、と、笑ったのか息を吐いたのか判らなかった。 「いてまう前は・・なぁー・・・この世で一番憎んどったんやー、ファフヘフヘェエエフアヘヘヘ」 今度は笑ったのが判った。 「どゃ、おもろいやろ、」私が黙っていると。「アイツが、バタバタ走るよるねん」 「ゴツーゥ早かったでー、そりゃー早いわ、燃えとるさかい」 「そしたらなーぁ、5メータくらいでパタンと倒れたんや」 暗い話なのに、関西弁が漫才を聞いてるように不思議だった。 「ほいでな、アイツ、だんだんこもうなる。腕がこーお縮まって、足は反対に伸びるんよ」 「わてな、・・・その時逝ったん、シャブ食うたみたいに、体の力もーない」 私は、シャブと聞こえただけで体が硬直した。 「そいでな、アイツ、とうとう腹からブシュブシュ音出して、しゅるが出たん、焼いた魚と同じやーっ・・・それ見て、わて、ガソリン被って車、乗ったん、そしたらなぁー窓閉まっといて、空気のうなって火、消えたん。・・・このざまや・・・・・、しょうもないバチ当たったん、バチやバチ」 よだれをドロドロ流し自分を呪った話が終わった。 しばらくして、セミの声にかき消されるような声で、「めちゃくちゃ・・・好きやったん・・・」 開いた片方の目から涙が流れていた。 私は、姉が買ってきた、ディオリシモを手首に漬けた。 そして女の人にも漬けてあげた。すると、「ごめんな、どんな香り、匂いわからへん」 私はそれが、ヤケドのせいなのか、それとも気持ちてきなのか分からなかった。 そして、チュウチュウ音を立てて水を飲む女の人にあわれっぽく眼を落とした。 ベットに座るとまた、けたましくセミが鳴き始めた。それが、「シャブ、シャブ」と聞こえる。 「何で、英二は、この香水、この、匂いが好きなの」「シャブ、シャブ」 「おんな、おんなだーぁ」シャブシャブ。「女がいるんだ」シャブ、シャブ 背中にセミの幼虫がゾロゾロ歩き出す。何匹も、何匹も・・・・・ 払っても、払っても、ゾロゾロ歩く。「ぎーっ」と曳き付けが起こりまた、 黄色い小便を垂れ流した。・・・それでも、待ち遠しかった、8月は、来た。 |
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2007-04-22 Sun 02:03
シャーと病室からカーテンを引く音が聞こえる。中年の女が扉を強く、引っ張るような開け方をする。そして、今度は小さな声で、「58番、外廊」、と言った。
スッパイ女の匂いがした。目の前の黄ばんだカーテンに、影法師が映る。 右側には、ベットに座り、下を向き顔を隠した女がいる。 髪の毛が右側だけ無かった。下を向いたまま、立ち上がる女の顔半分は、赤黒くただれていた。ペタンペタンと足を引きずりながら俺たちの横を歩いて行く。 「59番、開放、」中年の女が平泳ぎみたいに、腕を横に動かした。 黄ばんだカーテンが、「開いた・・・」 そして、「俺も」、「姉も」、「母も」、一年の長さを思い知らされた。 そこには、貴美子とは違う、面影はあるが、違う女に見える程、痩せた女がベットの上にいた。 母親の顔はすでに、娘を失った顔をしている。長い年月職人でもしたような 荒れて、血管の浮き出た手の甲。体から伸びた細いブラブラの手足。 ぼっこりへこんだ目元。ガサガサのくちびる。顔は、吹き出物がいっぱいで ハリがない。髪の毛は縺れた釣り糸だった。 その姿は、俺から、好きだの、嫌いだの一瞬で溶かした。まともに見れない、夏の容赦なく照らす日差し、熱くて、熱くて眩しくて、・・・・ その貴美子の姿は、瞬間的に家の近くに住み着いた乞食の女と重なる。 飼っていた犬の飯を食いに来ていた乞食の女。兄といつも怖くて、隠れて見ていた乞食の女。 貴美子は、焦点の定まらないボケた目で、顔をゆっくりと回し、 「おかひゃん」、前歯がみんな折れていた。おかしな発音で、 「ねえひゃん」、「えいし」「えいひゃん」「ひやだー見ひゃんーでー」 そのまま倒れて、ひきつけをおこしながら、小便を漏らした。 薬臭い、真黄色の小便が、子供が着る寝巻きみたいなユカタに染み込んでいくのをただ見詰めるしか出来なかった。 そして乱れた、ユカタから、青黒い刺青がチラチラと冷たく三人の目に焼きついた。 中年の女が備え付けのベルを押した。バタバタと白衣を着た女が三人走ってくる。 これが将来を誓い合った、「少年」、と、「少女」、の、一年振りの再会だった。 この日、俺は、神様は上辺だけの、人間が作り出した、嘘に気がついた。 これが、「シャバ」で、一番最初に習ったことだった。 |
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2007-04-21 Sat 22:41
俺は、まだ暖かい「ちりめん」を、園芸用の小さな、スコップで掘るように混ぜる。
小さな、イカやカニが、時々目に付く、こいつらも昨日の夜は、元気に海を 泳いでいたのに・・・・ 貴美子も、このちりめんと同じで、白く腐って誰かに食われたのかも知れない。 有線から、「いちご白書を、もう一度」、が流れている。それは、貴美子の好きな曲だった。 電話が鳴った。パートのおばさんが、手に付いている、ちりめんを払いながら、「乾物屋、いりこですが、、」「はい。はい。ちょと、待ってね。英チャン、電話。」。朝の、7時だった。 「もしもし、もしもし、中根くん、貴美子が、貴美子が見つかった。生きとったよ」 「どこで、!、」「大阪、大阪、!、の警察病院、今から行くんよ、すぐ、おいで、」 貴美子の姉の、気でも違ったような歓喜の声だった。 この時、姉は俺には言えなかったが、貴美子は、連れ込み旅館で倒れ救急車で運ばれた。 新幹線の中で、貴美子のお母さんはずーと泣いていた。 姉が夏みかんを剥きながら、 「中根君、貴美子がどんなに変わっていても、驚いたらいかんよ」 姉は、間をとるように俺に、夏みかんを渡しながら、「貴美子は、ポン中に、されとる」 暗い顔が、俺を、探るように捉えている。 その顔が見れず、俺は流れる景色に顔を向けた。 「ポン中」、覚せい剤依存症のこと。ぞくに言う、シャブ中 心にのしかかる重いセリフだった。そのセリフの意味は判るが、理解できなかった。 「よかね。性根いれて、返事しなっせよ」、厳しい本当の姉のような顔で見詰め 「いまでん、貴美子のこつば、好いとるね。」、こそーと、母親が覗いている。 俺はだらしなく開いた膝を閉じて。「好かんなら、新幹線に乗っとらん」 「あんた、よか、男ばい」、と、その笑った顔は、貴美子にそっくりだった。 木造二階の古い建物。手続きに凄い時間が掛かる。 薄汚れた白衣を着た愛想も何も無い、中年の女のあとをついて歩く。 先入観が在ったのか俺には、何もかもが「ちゃちい」、犯罪者の病院。 死を待つばかりの「やかた」に思えた。高い窓からは木漏れ日が、黒光りのする長い廊下を照らしていた。 「ドキドキ」・・・する。・・・今でも、死ぬほど「好きだった」・・・・ 今日まで・・・一日も・・・忘れなかった・・・ 薄い緑色のペンキが所々はげた扉に、二枚の木のフダが下がっている。 58番。59番。と書かれている、文庫本くらいの大きさのフダを見上げた。 「58番。面会よーい。」、静かな廊下に響く声だった。 |
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2007-04-21 Sat 02:20
「本件、犯行以前より、執拗に被害者、矢野信二を付けねらい、その行動は
まさに、用意周到、自覚殺意、もって刑法47条及び、第十条に従い、殺人未遂の刑に。被告人は少年法第52条に従い、不定刑期に処する。 「情状酌量」、「被告人は、当時少年法の所定の満18年でこれを考量する」 俺は、この時見世物になっていた。汚れたジャージにゴム草履。 それは授業参観で立たされた子供だった。 法廷席の方から、鼻をすする音がする。時々咳きが聞こえ貴美子の姉が泣いているのが分かった。 「中根君、やめんしゃい」、貴美子の姉が叱咤した。 「あんたの気持ちは、よーお分かる。ばってんいかん] 「貴美子が、警察病院から退院して、死ぬまで、あんたは、ずーと看病して 家族のもんは、みんな感謝しとるたい」 「ポン中にされた貴美子ば、おまけにスミまで彫られた貴美子ば・・・・ 「貴美子は幸せだったよ、最後まであんたが付いてくれたんが・・・ ばってん、もぅ貴美子はおらんたい、死んだとよ。あんたはまだ若か、 今からよ、だけん、いらんこつは考えんで、お父さんにまかせんね」 俺はこの時、マジソンバックの中に、おもちゃのような、タイタン22の 黒い輝きを、目の前で喋る女を無視して引き込まれるように、見詰めていた。 ここまで読んでくださった方ありがとうございます。 これから、どんどん意外な展開を見せながら、進みますから、よろしく お願いします。出来れば感想文みたいなコメントが貰えればうれしいです。 まあ、山田太一でも考えつかない展開がまっていますから本当にここまで 読んでくれたかたは、楽しみにしてください。 |
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2007-04-21 Sat 00:00
カタカタカタ、ハムスターがリングをぐるぐる回している。
水槽の中で増えすぎたハムスターが、リングに乗る順番を、遊園地の子供みたいに、並んで待っている。 誰かに話しても、絶対信じて貰えない場面を、メリーと俺は見ている。 ハムスターが回すリングと同じで、絶対辿り着けない、作り物の想いと 似た、歩みが、心を亜麻色に、今日は、やけに濁す。 美希のネールアートの綺麗な色が、俺の小指にまだ、絡み付いていた。 クイーンの沈みそうなソファーを立つとき、「で、ん、わ、ゆび、きり、」 くちびるだけ動かして美希が、小指を差し出した。 家に着いてからも、たわいの無い約束を、小指を伸ばして気にかけ、 そして俺の心を亜麻色に濁す、自殺した貴美子の影を虚ろな目で、思い出していた。 「判決」「本籍、熊本県熊本市鶴居町、3丁目16番地」「現住所」、「福岡県福岡市、博多区紫町、9の14番地」、「職業、ちりめん販売、中根英二。 昭和、34年2月13日生まれ」、「右の者に対する、銃刀法火薬取締り違反、並びに、殺人未遂被告事件につき、次のとおり判決する。」 「主文」。「被告人を、懲役、3年以上、6年以下に処する。」 「押収にかかる拳銃一丁。イタリア製、22口径自動拳銃。これを押収する」 「被告人は川漁師、父、道夫の次男として生まれ、昭和50年8月中嶋学園 2学年在学中、福岡市天神町5丁目132番地、柏木里美の三女、貴美子、 当、16年と恋人関係に在り、クラブ活動、勉学に励み、時にはアルバイト ちりめん販売を業として、高校生活を送っていた・・・当、両親も、 ともに成人に達したときには、婚姻も考えていたとの事。」 「被害者、矢野信二、当22年は、父、福岡市役所、市民課、課長、和彦の 長男として生まれ、何不自由なく育成し、昭和46年10月、当17年、 覚せい剤取締り法違反で検挙、中等少年刑務所入所。昭和47年9月出所。 同年11月、傷害事件、翌年昭和48年2月、高等少年刑務所入所。 翌年、昭和49年10月出所、同年暴力団・・会、準構成員と成り、昭和50年 9月、当事件の発覚となするべき、当、柏木貴美子を、逮捕、監禁、緊急誘拐 しする。さらに、同被害者、柏木貴美子を緊急誘拐、監禁逃亡347日継続 同、被害者、柏木貴美子、解放後、昭和52年7月、当、被害者となる。」 「理由」。「被告人は昭和52年7月14日、矢野信二を殺害するべく、午前 1時26分、原動機自電車、50cc、父、道夫、所有を運転し、福岡市中洲三丁目 52番地、飲食業、スナック、すずめ、前路上で待ち伏せ、これを殺害しするべき、自動拳銃22口径、実弾、7発を匹敵、死傷、故意を持って、被害者 矢野信二に発砲、全治、5ヶ月の重傷を与えた。 第1弾、右鎖骨より被弾、三助骨で停止。第2弾、右じょわん部で停止。 第3弾、左耳破損。第4弾。左わき腹擦傷。第、5、6、7、弾はともに スナックすずめ花壇で発見押収。」 「理由、二」「証拠の標目、一、被告人の自供。」 |
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2007-04-19 Thu 10:16
クイーンは、この前とあまり変わらず店内は、疎らだった。
その中のお客に、もたれ掛かるように美希が座っている。 チャラチャラした三十前後の男と・・・・・ 子供の時、ランドレスを放り投げ、握り締めた小銭持って駄菓子屋に走る。 でも、すでに欲しい品物は誰かが買っている。 そこには、ガッカリと首をうな垂れた俺が、この前のソファーに座っていた。 「いらっしゃいませ、今日は、この間のスーツと違って感じ、イメージが全然変わりますよ」 雅が男なれした、「お水」の作り笑いと見破れない笑顔で、目の前に座った。 首にチーフを巻きスーツの色は、ベースが春を意識した薄水色に、角度を変えると、小さく織り込まれた黄色が映える「ジャマイカシルク」を素材に、仕立て上げたミニのスーツ。 男なら、命を賭けても良いような足がやはり、気にはなったが。 俺には、疲れた「スチュワーデス」、にしか見えなかった。でも綺麗だった。 「あのー、お酒は小島さんの、かしら・・・」悪戯ぽくて、試す瞳が訊ねる。 その瞳の奥には「ギラリ」としたお水の、厳しい世界が垣間見える。 「一本入れて、山崎、で良いよ」、俺は見栄とチョトだけの、 悔しさが染み込んだセリフを言った。 「雅」、は勝ち誇った顔で、「ありがとうございます。」そして褒美でもくれるように、 「美希ちゃんを呼んで」と、ボーイに告げた。 美希は「チャラチャラ」男を笑顔でなだめるように席を立っている。 チャラチャラ男のテーブルには、フルーツやつまみがテーブルから落ちそうに乗っていた。 組んだ長い足には、「フェラガモ」の靴が似合っている。 美希がドレスを、摘み上げながら俺の隣に座った。チャラチャラ男がそれを見ている。 「いらっしゃいませ。」と美希は肩より長い髪を揺らした。 その振る舞いが俺には、分かりやすく言えば、風呂上りに汚れた下着を 履くのに、似ている嫌な気がした。 それを悟ったように、美希はおとなしかった。 雅が、「チョト、失礼します。」と席を立ち、チャラチャラ男のテーブルに行った。 「レモン、入れますよ。久しぶりですね。外は、寒かったでしょう。」 言葉を選び、月並みのべしゃりを俺は、冷めた顔で聞いている。 今日は、「風」、は、まだ、吹かない・・・・ 一息で俺は、水割りを飲んだ。喉元に刺さった嫉妬が流れ落ちた。 「今日は、この前とバージョンが違いますね。」俺が黙っていると、 「中根さん、、て、何歳ですか」、「もーお、おじさん」、「ぜんぜんおじさんじゃないですよ」 美希が、ツボを押すべしゃりをする。「美希も、ご馳走になってもいいですか、」 水でも飲んどけと言えず、「いーよっ」と返事する。おれ・・ しばらくするとチャラチャラ男が、ビトンの財布から金色カードで支払っているのが見える。 そして長い足を伸ばしながら席を立っていた。ホステスたちは、 見送りのためか、ゾロゾロと同じように席を立っている。 「美希ちゃんは、送らなくていいんや」、「んっ、みきはあの人きらーい」 「ママのお客さんだけど、みきのこと口説くし、なんかーぁ、カッコ付けすぎだし、」 酔ったのか、美希は、タメゴで俺に喋っている。 俺は子供の話でも、聞くように真剣に頷きながら美希を見つめた。 「どうしたの」、「いや、別に」、「あーっ分かった。奥さんのこと考えてたでしょう」 「なんで」、「だって、この前、俺の女房は、十円の金が無い時ついて来た女、自慢してたよ」 「こんな所で奥さんのこと誉める人とか、いないじゃん、だからーっ みきはね、すごく感動したのっ」 押し付ける早口で喋る小娘に、酒のせいかムカツイタ。 「ふーん、そんなものなんだ」、確かに俺は、女のことを想っていた。 何十年も水に沈んだ女。それは、泥が何かの動きで、水を亜麻色に濁すように 「貴美子は」、いつまでも俺の心に「沈んだ」、そして何時も俺の心を「亜麻色」染める・・・ タバコとブランデーによどんだ店内に、微かに甘い「ディオリッシモ」の香りを俺は嗅いだ。 その香りは、きっと、媚びない美希の色気と言うより、無邪気に喋る、ぬくもりから漂っていた。 {ディオリッシモ、「デオール」が出している香水} |
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2007-04-18 Wed 23:07
目の前に、整形とすぐ分かる鼻筋の通った韓国ホステスが座っている。
小島は、口移しでイチゴをホステスと食っている。「へど」が出そうだった。 お客は殆んどが初老の男たちで、昼間は役所の椅子を暖め、部長や課長と りっぱな肩書きを、着込んでいた。 そこには、昼間、絶対見せない隠れた顔が品なく浮き出て、下ネタだけが飛び交っている。 「いま、ショーあります、わたす踊ります、よろすくおねがいします」 俺の隣に座っていた女と、目の前の女が立ち上がった。 すると小島が得意そうな顔で、「中根さん。」と、俺の耳元に囁く。 そして踊っている女たちを舐めるように見つめ、 「どの女がいい。フェフェヘヘヘ」、ドロドロの顔で笑う。 俺にはどの女も、悲しい顔にしか見えなかった。 初老の男たちの罵声と韓国の音楽が、入り乱れている。 それが男たちの欲望の「とぉぼえ」に聞こえる。俺はそれを払うように、 小島のドロドロの顔の前で、手を振った。 そして、「小島さん、自分、先にかえりますわ。」ホステスたちが、一曲目の踊りを終えた。 男たちはガラガラと氷の音をたて、薄くなった水割りを飲んでいる。 嫌な顔をあからさまに出している小島を無視して、俺は店を出た。 昨日買った、コンバースの靴が足に合わずぎこちなく歩いた。 ジーパンに安ぽい皮ジャン。まだ十時だった。頭に浮かんだのは、「クイーン」だけだった。 中途半端な酒が、気持ちを弱くした。さっきの初老の男たちと小島のドロドロの顔。 俺もあいつ等と少しも、変わりない。まるで厭らしく、身動きの出来ない罠に掛かった 獲物でも見るような顔と目つきが。 言い知れぬ空しさが酔いの冷めかけた心と体を包んだ。 人ごみを歩きながら、初めて美希を見た時に心に風が吹いたような気がした。 真夏の木陰で、一瞬、「フワッー」と吹く風に、緑葉の木漏れ日が、 着ているシャツをキラキラと照らし、「サーッ」と吹くあの風が・・・・・ それは、「貴美子」、に感じた風に何処か似ていた。 クイーンの前に門番みたいに立ったボーイにさり気なく声をかける。 俺を値踏みし、戸惑った顔をしながら、「お待ちください」、と店の中に消えた。 俺は、通りに目を向け、男や女を行き交う人を見ている。 それはやがて都会の汚れた川を思う。色んな浮遊物が流れ、よどみにグルグルと浮いているゴミ、それと、男と女・・・ 「お待たせしました。」振り返ると、今度はお客に向ける顔でボーイが立っていた。 「いらっしゃいませ」待ちボックスにいた何人かのホステスの声をききながら、 この間とは違うイルミネーションの花が目に止まった。 |
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2007-04-17 Tue 23:02
クリスマス、正月と過ぎ去年とは違った正月に子供たちも気ずいていた。
金があれば、ある程度の自由があった。おまけに笑いさえもある。 人はその自由を得るため自由を無くし、ひとかけらの自由を掴むために、 百の自由を無くしている。 内装業は続けていた。医療廃棄物のオーナが、「隠れ蓑にちょうどいいから」と、 それとこの仕事が好きだったのかも知れない。 そんなことを考えながらメリーと散歩する。駐車場を囲むように寒椿がびっしりと咲いている。「赤く咲いても、冬の花か・・・」と俺は一人事を言いながら一本の寒椿を掴む。 それが何となく美希を思い出し、折るのをためらった。 メリーが俺の動きを、首を傾け不思議な顔で、見上げている。 あれからクイーンには、足を運ぶことは無かった。 携帯の液晶に美希の番号を映すと、古代人が残した壁画のよおに 神秘的なメッセエージに見えた。 小島のビジネスには、何人かの表向きの顔を持つ男が集まった。 俺もその中の一人だった。世の中には色んな金儲けがある。 今回は単純に言えば、脱税だった。「軽油引き取り税」、これを、「チャラ」にする。 よおは、灯油や、エー重油と呼ばれる石油系には、軽油引取税が無い。 だから韓国から運んだ軽油を、灯油やエー重油に変える。 しかし国も馬鹿じゃない、軽油の中にクマリンと呼ばれる成分があり、それは、紫外線に反応する。そこで国は紫外線を出す機械で成分を調べる。 で、そのクマリンと言う成分を無くす。その方法が硫酸を使う。 そしてその時点で、硫酸ピッチと呼ばれる廃棄物が出来る。これが 時々新聞やテレビを騒がす、「硫酸ピッチ」、の不法投棄となる。 千葉や埼玉の山の中には、ドラムカンにい入った硫酸ピッチが何百本と 埋まっているはずだ。 これで半分近く掛かっている税金がチャラになる。1リットル43円が、1リットル、18円になる。後のことを考えなければ、25円の浮きになる。 「バレ」なければいい「ばくち」なのだ。「まあ、」何でもバレなければ、世の中には、いい話は、ごまんと有る。 俺の役目は、四日市のコンビナートを二基借りる。 税関をケムに巻く男、タンクローリ車を手配するもの、買い手を見つける男、最後は捕まった時のダミー。これは小島が名乗り出ていた。 このビジネスに掛かる費用は、各自、手弁当で出し合う。買い手が見つかった時点で、銀行筋の男が、経費×4割を払ってくれる。 「いやー中根さん、うまく行きましたね。よかった。よかった。私はこっちから、」 暗い顔をしながら小島は、ほほに人差し指で「スーッ」、と一本の線を引く。 小島は一人で、二ヶ月の間、韓国に行ったり色んな段取りをしていたらしい。 そして組織から足の速い{利息が高い}金を借り、自分の命を賭けて このビジネスをやってのけた。 後は、5年間、国を敵に回すだけだ。小島は命の懸かった組織の金を返し、 上機嫌で俺をまた錦に誘った。「中根さん、飲みに行きましょう」 俺はまた、小島の後を付いて歩いていた。 |
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2007-04-17 Tue 12:31
酒で焼けたのか、カラオケの歌いすぎなのか、「ちょっと、」
ハスキーで幼い声が、童謡をきくように、頭、いや心に染みた。 切れ長の目は、黒眼が大きく猫の目に似て、きらめいている。 ととのった鼻がすっと伸び、小さい口元が甘えた感じで、顔を引き締めている。 俺たち中年の「おじさん」から見ると、しっかり未来を見つめ好奇心いっぱいで、世の中を恐れない、幾つもの女、もしくは、少女の顔を持っていそうな不思議なホステスだった。 多分、さり気ない動作が凄い美人に見え、かと思うと生娘のようにゲラゲラ笑いそうだった。 髪は肩より、5センチほど伸びて、ウエーブがクルクルと掛かっていた。 ただ、胸のふくらみは、家の娘のほうが大きかった。 「小島さんと、同じ仕事ですか。」と、雅が訊ねる。 「違いますよねーェ」と左側の美希が頭を傾けながら言った。 俺も、雅も美希を見る。小島はまだ来ない。 三十路女が待っていたように、「申し遅れました、楓です」、と、 トランプを、二廻りほど小さくした名詞を差し出した。場がちぐはぐになっていた。 料亭での小島の相談事とは、やはりブラックビジネスだった。 「中根さん、簡単に言えば脱税、韓国から洗っていない石油を運ぶんですわー、非課税になり、このコップ一杯で12円儲かるですわーっ、詳しいことは、あとで、あとで。」それっきり俺は、沈みそうなソファーで待ちぼうけだった。 クイーンには一度、10人程の団体が来ただけで一時間くらい師走の賑わいを見せた。 その時も美希は「ずーと」、隣に座っていた。見た目とは違い、美希の会話は、 たわいなく、話がうまいとか、聞き上手でも無かった。 その辺りの場末のキャバクラ嬢と変わりなかった。「ただ・・・」 親子ほど離れた年齢とか後は「温度」は感じない、元々俺の中に居た、 女に見えて不思議に曳かれた。 もう12時を過ぎていた。何回か俺の携帯でボーイが連絡をしたが繋がらなかった。 残りの客はホステスを口説く馬鹿野郎と、クリスマスプレゼントをねだるホステスだけだった。 初めて飲んだ店が、俺が何時もそこにいたように、何時もそこに、 その女がいるように幻を飲んで久しぶりに酔った。 お客を送り出した雅が、言いにくそうに、「あのー、そろそろ、」 隣にいた美希が上目づかいで、指と指でバッテンを出した。 ちょとした不安は感じたが、財布には18万と小銭に入っている。 ボーイが忍者みたいに片ひざをついて、黒色の皮の手帳を隠すように広げた。 そして、いつものセリフを吐いた。「カードでしょうか、それとも現金でしょうか」 広げた手帳には、43800、と書かれていた。ボーイが領収書はと、聞いている。 ソファーを立つとき美希がマフラーを巻いてくれる。 「忘れ物、ハイ」と一枚の名詞をくれた。 結局は俺も、初めて行った店でラストまでいる大馬鹿野郎だった。 ホステスたちの見送り。俺は照れくさそうに、はにかみながらホステスに振り向いた。 美希と目が合う。そこにはホステスたちの消えかかった香水のように、 ほんのり恋の予感を漂わせていた。 すっかり小島のことは忘れて歩く。美希がくれた名詞には携帯の番号が書いてあった。 人も疎らになった錦はさっきまでと違う寂しい街だった。 はずれ馬券のように捨てられたビラ、気の抜けたホステス、疲れきった男たち 燈が落ちたカンバン。その風景は一色の暗い色で描かれた「絵」だった。 そして俺は、当たり馬券を何度も確かめるように名刺を見つめ、いそいそと 携帯に登録した。 |
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2007-04-16 Mon 23:13
若い男は耳に付けた無線で、「小島様、他、一名」、と独り言みたいに呟いた。
右手を差し出しながら歩く男の、うしろを小島と歩いた。20メータも歩いただろうか。 そこには、白いドアを開けたボーイが立っていた。 「いらっしゃいませ、お待ちしていました。」、店の中からデズニーイの美女と野獣が聞こえる。 別のボーイが、「ようこそ、クイーンえ」と、こっちが恥ずかしくなるそうな声をあげた。 俺は、直訳で「女王様かぁ」と、何処となく、ちょと期待する。 幅が1メータくらいの通路に、右側をくり抜いた感じのキャシャーが有り、 左側には、toile、の文字が上のほうに見える。 そしてボーイが、格子戸の白い扉を、大袈裟に開けた。 「いらつしゃいませ」、「いらっしゃいませ」、と声をだしながら 一斉に、丸い待ちボックスに座っていたホステスたちが、立ち上がる。 店内は、30坪ほどの広さで、中央の巨大な花瓶の中にイルミネーションの 花が盛ってある。壁は薄いサクラ色で、計ったように風景画が飾られ、 天井はホワイトグレー。柱が何本か立ち、プチ宮殿を思わせた。 絨毯はブルーで、ソファーはその色に合わせた小さな花柄で、座れば沈みそうだった。 九月の「たそがれ」、くらいの照明で始めての客でも、落ち着く感じがする。 小島は、座る間もなく、「中根さん、ちょと、電話してきます、ここ電波悪いから」 と言い残し、店から出て行った。俺を試すようにボーイが、 「お飲み物は、いかがいたしましょう」、と引いた笑顔で訊ねる。 隣のテーブルに忙しそうに、渋皮のむけた着物姿の三十路女が、ボトルに ぶら下がった札を確かめながら、氷やコップを並べている。 着物のせいか、暗い色気を感じる。頭の中に、この女が犯されている場面が流れた。 「水割りでいいよ、あっ、レモン入れて」、俺はボーイに伝えた。 そして、客の疎らな店内をもう一度見回した。 忘年会の帰りに、来ているようなサラリーマンの上司と部下。 部下に見える男は、頭に病気の殿様みたいに、ネクタイを巻いている。 ちょと離れたテーブルには、ホステスのパトロンに見える初老の男、 何となく、その顔が「ジャムおじさん」に見えた。{アンパンマンを育てた人} あとは、出来の悪い二代目社長と番頭を思わせるコンビ。 そのテーブルからおじぎをしながら席を立つピンクの後ろ姿が目に入った。 「水割りは、濃い目ですか、それとも薄く・・」三十路女が尋ねる。 「あーっ、ダブルで、」と俺は、ボソ、と、言った。 「いらっしゃいませ。始めましてみやびです」背の高い、年齢が24から27。 顔、スタイル、服のセンス、非の打ち所がない、「はんなり女」だった。 {京都での、夜の女を誉める言葉} 俺は何か、特別な生き物、動物を見た感じがした。 淡いピンクのシャネルのスーツで身を包み、綺麗な足は、何か訴えるように見せている。 金持ちのオバサンが、シャネルを着て授業参観に行くのと大違いだった。 隣に三十路女が座り、目の前に雅が座る。三十路女が「ママ」と雅を呼んだ。 俺は今夜、二度驚いた。それだけ雅は、若いママだった。 すると、ニコルミラーのデザインしたようなドレスで、レモンを持った、 女と言うより、まだ何処かあどけなさが残る、色の白いホステスが、 俺の左側に色気もなく腰を下ろした。 俺の水割りに、タクアンに見えるレモンを二切れ落とした。 「美希でーす」、これが美希と俺の予期せぬクリスマスプレゼント、「出会い」だった。 |
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2007-04-16 Mon 11:12
「いやーすいません、遅くなりました。」、色が、変わったマグロに似た、
赤黒い顔が、コートを脱ぎながら現れた。 俺は、あぐらから正座に座りなおそうとした。 「まあまあ、そのまま、そのまま」、と、まるでガサ入れに来た刑事みたいに男は言った。 そして、「お待たせしました。駐車場に中々入れずに、遅くなりました」 男は仕事で慣れているのか、見かけより丁重な喋り、挨拶だった。 俺はベルを押した、二回目のベルで賄いの女が来る。 「まずは、ビールですか」と俺は確かめた。一回見たら忘れられない 崩れた笑顔を男が返した。 目の前で、薄汚く料理を食べるこの男と会うのは、今日で三度目だった。 代官町にある地下銀行と、次が、医療廃棄物のオーナの家だった。 俺は冷めてしまった料理をボソボソと食った。 確か不動産を手がけているこの男、何が目的で俺に近づいて来たのか分からなかった。 歳は49、小太りでスーツも良い仕立ての品物を着ているが、どこか生活が 滲み出た男をしげしげと診た。 「中根さん、相談ごとが有るぅんよ」、悪巧みを通じるような顔を、 見せながら、右手でコップを揺らす。 俺は、すかさず、「金なら、ないすょ、」と答えた。 みそっぱの黄色い歯を出して笑う男。小島和則。 「違う、ちゃう、ちゃう、」、穏やかそうに見えた男は、 あわてたと言うより、ムカツイタようだった。 デザートのメロンを子供みたいに、しゃぶる目の前の男をもう一度、俺は見つめた。 「時間よろしんでっしゃろ」、時々関西の言葉が混ざるセリフを聞きながら 「はーっ」と気のない返事を俺はしていた。 テーブルの端に置かれた伝票をカルタでも取るように、小島は素早く取った。 「あーっそれはいかんですよ」、「いいから、いいから」と言いながら、 ポケットから千円札の混ざった三十万くらいの束をレジに行く前に出した。 しかし、小島の靴は、酷くそでていた。 ぎこちなく俺は、「ごちそうになりました。」と神妙に言った。 小島が何か言おうとしたとき携帯が鳴った。 着信音が、ライデーンだったのが意外だった。 通りに出た瞬間、黒服が声を掛けてくる。「今なら、60分、7000円飲み放題・・・」 俺は、ちょとした緊張で、人と車で賑わう錦の通りを小島に付いて歩いた。 10分程歩いたところで、ロングコートを羽織った若い男が、両手を広げ、 「お待ちしていました」、と作り笑いで、小島と俺を向かえた。 |
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2007-04-15 Sun 00:40
俺は、川面を覗き込むように、二階の料亭の格子戸を半分ほど開けて
師走の風が吹く、錦の街を見ている。交尾前の小魚が、メスに寄ったり、 離れたりする動きを思わせる動作で、行き交うほろ酔い気分の男たちに、 何度も声を掛ける黒服の男。ガソリンスタンドの定員のように、深く頭を下げ、 おじぎをしながら客を送り出すホステス。 恋人にでも会ったみたいに、大袈裟に男の腕に絡みつく青いドレスの女。 罵声、笑い声、それに混じる女たちの声、クラクションの音の中に、隠れた 怪しげな声、「マッサァージいかがてすか」、中国女がいやらしく笑う。 ビラを差し出し「お願いしまーす」と若い娘が無邪気に叫んでいる。 同伴の男と女、女は、大きな紙袋を下げている。プレゼントでも貰ったのだろう。 直立不動のまま、意味ありげの笑みを浮かべる、ヘルスの呼び込み。 大きな花束を抱ええ、恥ずかしそうに歩く中年のサラリーマン。 歩道まで乗り上げて、止まっている高級外車。その横で携帯で喋っている、やくざ。 指導員でもいるように、礼儀正しく並んだ不法駐車の車の列。 じれったい程、進まないタクシーや車。それは何処にでも有る師走の街の風景だった。 ただ俺の目には、この街はどこにも似てない、博多の人なつこい街でもなく、 大阪のギトギトした感じもなく、ここ特有の、街の匂いがした。 西に1400メータ、東に1200メータ、南北700メータの長方形の中に八千件程の 店が、しのぎを削っていた。 京都の平安京を手本にした碁盤目の道が、その通り通りで顔を変える町並み。 欲望が絡み合い、希望はうっすらとかかる霧でしかなく、夏の道路に 陽炎を見るように絶望が立ち上がる街。 女心の逃げ水を追う男の意地が、ゲロと小便に消え、涙、愚痴、嘘、金の 詰まった街。名古屋の誰もが、この街を、「きんさん、錦三」、と呼んだ。 同伴客と忘年会の客で賑わい、色んな料理の匂いが、溶け込んだ八畳ほどの 部屋を、立てふすまで間仕切った、窓際に俺は座って外を見ていた。 立てふすま一枚隔てた隣から、韓国語の女の声が聞こえる。それに、時々 合筒を打つように、たどたどしい男の韓国語も聞こえる。 聞き取れたのは、「月、一割なら回してもいいがね」、それだけだった。 俺は、テーブルの上の料理にまた目を向けた。そして携帯で時間を確認した。 |
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2007-04-14 Sat 11:17
臼井建築株式会社代表・臼井良隆は、平成12年3月24日に破産宣告致しました。
名古屋市中区8町目19の3、新川法律事務所、 女房が、「なにーっこれ、駐車場のお金どうなるの」、と、ブーたれている。 こいつは俺が夜通し仕事したことなど、すっかり忘れていやがる。 二日前にカードで借りて、材料屋に金を付けたばっかりだった。 もお、家には、「金は無かった」。 予定では、明日102万が手元にあったはずだ。 その日から夫婦けんかが始まり、その日から金ぐりも始まった。 人のさだめは、小さなつまずきから始まり、気がついた時は、それが良いも悪いも決まっていたように、あきらめて生きていく。 俺はもしかすると、そのつまずき、きっかけ、を何時もどこかに捜していた・・・・・ 臼井建築は、何度電話しても話中だった。俺は設備屋に電話した。 10回ほどのコールで設備屋はやっと、出た。無言だった。 「もしもし、中根です。ほら、もめた住吉の現場で内装やってた」 「あーあの人」コイツも見知らぬ電話番号には、あの事件以来敏感になっているのだろう。 「臼井社長、飛んだですね」設備屋いきなり「どえりゃあー額でよー、2億ぐらいらしいでよ」 「2億、うそでしょう、」と聞き返した。「ところで、何でおみゃーさん 俺の電話番号しっとるの」ちょと不安そうな声で設備屋は言った。 「電気屋の石塚さんに聞いたけど」「おみゃーさん石さんとつきあいかい」 「はーっ」と気まずい返事をした。時々パチンコの音が聞こえる。 設備屋は急ぐように、「用は、なにー」俺は思い切って聞いた。 「設備屋さん、住吉の金、貰ったー」「貰えるわけ、にぃやぁーがや、」 吐き捨てるように設備屋は言う。またパチンコの音が聞こえた。 俺は坊主頭の男にいくら取られたか気になったが、聞き出せづ電話を切った。 「2億かぁー」今度は臼井社長がやくざに、いくら捕られたのか気になった。 法律事務所は慣れたもので、事務的な答えしか聞けずイライラした。 辺りを見回すとすでに春だった。風がやさしく吹き抜け街行く人や空を見ると 何もかも一瞬忘れた。 「尚ちゃん、やくざがやっぱ、一番ぞっ」何が善で、何が悪いのか分からない。 「カネ、」「金、」マネーだけの世界。今の日本は多分、金の有る奴が法で、 金の無い奴が罪かもしれない。 それから半年後臼井社長は、豊橋市のアミューズセンターの売上金を強奪した。 皮肉にも金額は、7000万近かった。しかし二時間後に彼は逮捕される。 これがこの人の、最後の仕事になった。受注金額は、実刑。懲役、5年8ヶ月。 俺はそれでもこの人を馬鹿とは思えなかった。むしろ羨ましかった。 これが男の生き様かもしれない、季節は暑い臼井社長の夏から、秋に流れようとしていた。 俺は住吉の事件以来、誰がよくて、誰が悪いのか、何が良くて何が悪いのか 言い訳もせず、方々のサラ金を回った。何件目かのサラ金で断られたとき 覚悟を決めた。そして、生きるために・・・ある人間のツテで、俺は、 フイリッピンに一ヶ月に、二回、行き場のない医療廃棄物を船で運んだ。 表向きは、使用済みの紙おむつを、リサイクル可能商品と偽り、「こっそり」捨てた。 一回の船代金は135万。コンテナが18台。一台のコンテナに120リットルの、 ダンボールが40個入る。元の値段は、知らないが、船に乗せるときは一個 4400円だった。720=316万=135万=181万が一回の利益になった。 国のほうもいいかげんで、書類上の数字が68,7パーセントがリサイクル可能で書類を出せばゴミじゃなく、リサイクル商品として確認なしで許可が下りた。 「バレ」なければなにをしてもいい国「ジャパン」! 別ルートで北朝鮮の船にペットボトルの蓋を荷揚げしたこともあった。 このような品物は殆んどか、国からリサイクル援助金を貰っている、有名な企業からだった。 ペットボトルでワイシャツは作れるけど、蓋のほうは、コストが掛かるから こっそり捨てましょう。医療廃棄物は中々燃えずダイオキシンがたくさん出るからこっそり捨てましょう。集散地をごまかした野菜や果物,あるいは肉や魚、政治家とゼネコンの繋がりや談業。利息も無い、金も貸さない銀行 こんなにもドロドロの国では、身も心も癒すには金しかなかった。 誰かが言っていた。「金は、唯一の目に見える神だと」 俺は、16ヶ月のあいだに、ドロドロの国が捨てる廃棄物に溺れないように 今度は、「世の中、銭だけ」と言う浮き輪にしがみ付いて、泳いだ。 金メダルは貰えなかったがアメリカドルで、124000ドルを掴んだ。 そして、フイリッピンの貧しい人間たちの叫び声と、日本のずるくて豊かな 笑い声の染み込んだ金を持って、キラキラとドス黒い滲んだひかりを放つ 錦三丁目に「デビュー」した。 ここまで、読んでくださった方ありがとうございます。これで「第一章の、一」が終わりです。 明日から、第一章の2の始まりです。キャバクラやクラブの女性が登場します。それと主人公の過去が意外な展開で登場します。 よろしければ「ここまでの」コメントでも貰えればうれしいのですが おもしろくないとか、なんでも良いですから、よろしくお願いします。 |
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2007-04-13 Fri 12:41
住吉の工事は、三日遅れで完了した。
出来上がった店舗は、大きく二つに分かれ、飾り物のイルカが店内を泳ぐように動き、所々に星型や三日月型の空間の有る壁を隔て、隣室は天井から ボタン一つで埋め込みのスクリュウが降りてきて回る仕組みだった。 床は、半分が、梨の花色の白い絨毯で、縮れ毛使用の深い毛波が砂場を歩くようだった。 残り半分の床はレースの旗を思わせ、白と黒のオセロ模様の大理石で冷たい感じがした。 壁は全体を、メキシコの古い協会みたいにステンドガラスが上のほうを飾り、 その中を、間接照明で照らした。手を伸ばしたぐらいの高さから、床まで、 しっくいをこねあげキャンパスナイフで仕上げ、いたる所に土人が被る、お面を飾り職人泣かせの手間仕事だった。 通路にはガラスが張られ、人が歩くと電気が点る仕組みになっている。 あとは、方々にヤシの木やカンテンの木が置いてある。 全体的に南国とヨーロッパが混ざった趣味の悪い、店だった。 腰壁で大きなテーブルをまじ切り、70人はゆうに座れそうだった。 あとは、中央に有るマジックボールがカメラになっていて、入り口の壁に埋め込まれたテレビに映る仕掛けになっていた。 そのテレビに、「たった」、ひと月で老人になった、臼井社長が映っていた。 それも似合わない、まるで結婚式に行くようなスーツ姿で。 ガラス張りのビップルームでは、ホステスたちが携帯やメールで明日のカモを誘っている。 細い指の長く着飾た爪で、起用にボタンを操っている。 こいつらは、この店に、人柱で埋められる職人や臼井社長のことは知る由も無かった。 俺は工事終了書を受け取り、業者も疎らな、まだ木工ボンドが匂う店舗を眺めている。 三日遅れと言ってもただの三日ではなかった。ホステスが40人。ボーイが15人。 一日の売上が、おーまかに計算して、70人の客が一時間でアウトしたとしても、七時から一時まで六時間、ワンセット6000円で260万になってしまう。 たった三日で720万なのだ。あとはホステスやボーイの日当、ほかに宣伝費 7200万なんて、絵に描いたモチと同じだった。 そして・・・・一番怖いのが、組織の人間えの、「けじめ」、だった。 これが一番高くつく。組織の人間相手の商売は、それなりの覚悟がいる。 彼らは常に懲役か命を賭けている。だから、「かたぎ」が十年掛けて、 稼ぐ金を、彼らは一年で稼いでしまう。 臼井社長がこの間の、全身性器のような毛皮の女にオーデオセットの使いかたを説明している。女は切れ長の感情が表れない、瞳で機械を見つめている。 今日は、ピンクのドレスで両サイドが足の付け根近くまで割れている。 俺はニヤケながら、怪しい占い師を想像した。動くたびに絹ずれの音が聞こえる。 その度に、白いふとももをベロベロ出しながらオーデオの機械を触っている。 化粧をしたその顔は、やはり「ミッシェルファイアー」似の美形だった。 遠くから見てもシャネルと分かる腕時計に目を向け、「チーフ、チーフ」 と意外に通る声をあげた。それが合図になりテーブルにフルーツが並びだした。 九時からオーナーの知り合いたちが招待され、臼井社長もその中のひとりだった。 ボーイたちが忙しく酒やブランデーを立て、傍らに店の名前が書いてある コップを置いた。tomorrow・oncemore・しわくちゃの工事終了書を俺は見た。 店の名前とは裏腹に、臼井社長には、もう一度明日は無いだろう。 彼は、12日後、下請けに合計5975万の払いがある。 300万以上は、半分が手形で半分が、現金の支払い条件になっていた。 差し引き1225万が、うまく行けば利益だった。 終わってみれば殆んどが「まる投げ」の工事配分。ブローカに近いビジネス 臼井社長はそんな仕事は絶対しない人間だった。 噂では、知多の老舗旅館の手形が割れないと嘆いていたらしい。 その穴埋めに「士族の商法」に出たのかもしれない。 人は自分を救いたいと誰もが思う。その救いたい気持ちが「罪」を犯してしまう。 支払いの中には俺の102万も入っている。35日の日当が525000円。残りが 材料や駐車場の経費だった。一日14時間働いて15000円は、高いのか 安いのか分からなかった。 お祝いの花が、店のあっちこっちに並んでいる。 力の抜けた姿で散った花びらを拾っている臼井社長に、俺は声を掛けた。 「社長帰ります」、「あっ、中根さん、色々お世話になりました」 歩きながら返事する社長。誰かに声を掛けて貰いたかった行き場の無い 老け込んだ男の顔だった。 そして、弱弱しく笑いながら、この店の割引券を、ユリの花粉が付いた指で差し出した。チョロと俺は割引券に目を落とした。 あの毛皮の女を囲むようにホステスが何人か映っていた。 俺はドス黒い顔で、「社長、まさかこれが、工事代じゃないよね」 と「死人」でも見るような目で、疲れ果てた男に言った。 ちょとした間があった。すると、 「おみゃーさんと、設備屋さんには迷惑・・・・」 そのセリフは、いきなり鳴り出したセックスマシーン{ジェームスブラウン} の激しい声で最後まで聞き取れなかった。 俺はそのセリフが嬉しかったのか、それとも女が選んだセックスマシーンが あの女らしいと思ったのが、可笑しかったのか、うす笑いを浮かべながら 店のとびらを押していた。そして、九日後一枚のファックスが届いた。 |
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2007-04-12 Thu 23:19
嫌な動悸がした。さっきのニュースを見た時から動悸が止まらなかった。
奪うように女房から、駐車場の金を受け取る。 何か、感じたのか、曇った顔で「いってらっしゃい」と女房が声を掛けた。 昨日の信号に、今日は幼稚園児はいない。 助手席には、まだ暖かいミスタードーナツの弁当箱が乗っている。 兄弟の顔が、背中に彫っていた鯉にしがみついた金太郎の彫り物が 信号で止まるたびに、フロントガラスいっぱい広がった。 わき道から、100万ドルの笑顔を零しながら、金持ちの奥さんだろおか 渋滞の列に入りこもうとしている、黄色のボルボ。「ムカツイタ」 今まで、うすぼんやりしか分からなかった怒りの意味が説けたような気がした。 仕事に行く気はなかった。昨日の臼井社長の白い顔は気になったが、 仕事も、退屈な銭の無い幸せどうでもよかった。 東山通りを上社で右折した。 しばらく走ると、丘の上に綺麗に並んだ無数の石が見える。 「平和公園」。名古屋では、そお呼ばれていた。 俺には何時きても、どこが公園か分からなかった。ただ今の俺には 似合う大きな墓場だった。 西側には池があり、サクラの名所山崎川の源流と知ったのは、ついこの間だった。 休日はヘラ鮒釣りでにぎあうらしい。あとひと月もすれば此処もサクラが 咲き乱れ花見が始まる。今はまだ、タクシーの休憩所になっている。 ワーキングをしている夫婦。犬の散歩をしている老人。 空はどんよりと曇り、低い雲が空から垂れ下がっている。 駐車場に車を止める。目の前にバベルの塔を思わせる建築物が目に止まる。 友達が死ぬのは初めてじゃなかった。 俺は十代の時、一番「大事で」一番「大切」な人を亡くしていた。 その時の気持ちに似た感じで、ぼんやりと曇った空を俺は、見つめている。 車から降りると、ひんやりと湿った風が襟元から入ってくる。 聞こえるのは、人を馬鹿にしたようなカラスの声と、仕事をさぼった タクシーのエンジン音ぐらいだった。 小高い丘をそのまま整地して作った墓場の中に、紐のような階段がまきついたように見える。 俺はその階段を上り始めた。足音に驚きカラスが飛び立っていく。 五分ほど登ったところでさっきの、犬を連れた老人が見えた。 湿った冷たい空気が漂う墓場を見回し俺はタバコに火を点けた。 二回ほど吸ったタバコは一センチほどが灰になった。 何となく目の前の墓に声を掛けられたように、そのタバコを墓に供えた。 見知らぬ墓が兄弟の墓に思えた。とてつもなくそんな気がした。 墓の周りには燃え尽きた線香と芯だけの、枯れた花。 コケなのか、芝なのか分からない草が、ちぎり付けたように生えている。 三段雛作りの大理石で、菊花石もようが散らばった薄い草色の墓の主は、 69才で死んでいた。タバコの煙がフワーァと立ち上がる墓に、俺は訪ねた。 「あんたの人生どうだった」朝露に濡れしっとり光る墓石からは、返事は無かった。 俺は、生き残った事が恥ずかしい日本兵のように、墓の前でうな垂れていた。 悲しみはなかった。ただ酷く寂しかった。例えるなら母親に置き去りにされた子供だった。 「尚ちゃん、{兄弟}、おまえは、命を賭けて、なにを守ったんだ」 もう一度回りを見て、俺は幽霊のように車に戻った。 ラジオからミスチルの歌が聞こえる。聞き覚えのある歌だったが、今は違う歌に聞こえた。 するとダシュボードの上に置いた携帯が、タマゴでも生みそうにブルブルと震える。 液晶を見なくても誰だか分かる。「はい」と俺は、ぶっきらぼうに出る。 「おはようございます、臼井建築です」俺はまだ尚ちゃんの事を考えていた。 「中根さん、何時に来るの」焦ったしわがれ声だった。 「もしもし、なにやっとんの」こいつも必死だった。 俺は、キツネでも取付いたように遠くを見ている。 多分ワーキングの夫婦の車だろうか、ジャガーがパラパラ振り出した雨に 渋く似合って、止まっている。こいつらは、人生の勝ち組だろおか。 俺は携帯の切るを強く親指で押さえた。 そして筆を振ったように、水滴の付いたフロントガラスに 「尚ちゃん」、これが今の俺だよ、安い銭で使われ、シャブで言うならヒトパケ分。その銭も貰えるのか分からん。朝から夜中まで、もーきつか{疲れる} よか暮らしばしちょるわけじゃなかと、よか車にも乗っとらん、友達もおらん これが現実たい。今の耐えがたい俺たい。 また、携帯がタマゴでも生みそうにブルブルと震えていた。 |
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2007-04-12 Thu 12:10
夕方は鈴、{ポケベル}が鳴りぱなしだった。週末と重なり、ぽん中が
サラ金の追い込みのように鈴を鳴らした。患者も色々いた。 高校の保険体育の先生、臨時の市区員、バス、タクシーの運転手、ホステス そんな馬鹿野郎が一瞬の快楽のため、血と汗の結晶を息を切らせながら 捨てに来る。朝、65000円の金が今は、140000万に増えている。 この銭も、一般市民が朝早くから、絶えて絶えて稼ぐ銭も、価値はなんら変わりない。三越に買い物行ったら絶対同じ品物が、同じだけ買える。 鼻で一人で笑い、大きな罪悪感に溺れないように強がりと言う、ちっぽけな 浮き輪に、毎日しがみついて泥の海を泳いでいた。中根英二。27才。 次の金曜日ムーの群れは来た。地元の組織はひと月後五つの組が集まり 連合と名を変えた。しかしムーの群れは止まらなかった。 そして、彼らが通った後には新しい道ができた。 目的地に今までより早く着く道には、渋滞もなく、事故もない。 日本最大の名が付いた道に誰もが銭を払った。 一年もたてば地元でその高速道路の名前を知らない者は、もおいなかった。 二年目に田舎道にあったドライブインには客は来なくなった。 あとは命を掛けて、細々と伝統を守るだけだった。 俺は、その時、キラキラしてるけどドス黒い光を放つ世界から、と、ん、だ、 |
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2007-04-12 Thu 01:18
売人が吸いかけのタバコを灰皿に置いた。立ち上がる煙を、俺は見ている。
「英チャン知っとるや」注射、{覚せい剤のこと}、がビンビンに効いたキラキラ輝いた 目で得意げに売人が話す。 コーヒーの匂いも消える程「シャブ」を食う人間特有の生臭い息を 避けながら俺は、テーブルごしに顔を近づけた。 「ジ組が今度、日本最大の組織から、さかずきをもらうてぞ」 「ほんなこつや」「そうたい」「そら、おおごつなるねー」 日本最大の組織が地元に、ムーの群れのように来る。 多分、もお、噂だけではなかった。こんな末端の売人まで知っている。 この売人は方々の、俺たちチンピラに、クリスタルホワイトのかけらを ばら撒くのが、しのぎだった。 元漁師で日焼けと注射で焼けて、「パッ」と見たらタイ人に見えた。 工場の廃液で魚がいなくなり、今では変わりに、赤いプラチックのボールを 海で捕っていた。{塩の重りが、3時間で解けて、発信機の付いたケースが 赤いボールと浮いてくる。中身はもちろん覚せい剤まれに拳銃だったりする} テーブルの下で売人が俺の足をこづいた。 コップの跡が幾つも付いたテーブルの淵に、天使の絵が描かれたキャラメル の箱を、熱いものでも触るように、素早く売人が置いた。 「はい、十個、五万で、よかよ」10グラム五万円。こいつのネタは客にも 人気があった。それと当時にしてみても考えられない値段だった。 時々警察が途方ない末端価格の値段を新聞やテレビで発表しているが あれは本当の末端の値段でしかない。 たとえば1グラムの覚せい剤には、0、4グラムしかネタは入っていない。 月曜と金曜日に仕入れる。まだ楽しみでやっている患者は1グラムを 四日間で食う計算だ。混ぜ物のを入れて、10グラムで15パケできる。 1パケ1万で捌けば10万の浮き。その中から上には、1パケにつき3000円を落とす。覚せい剤を扱う組織がでかくなるのは、当たり前なのだ。 俺は、カッコ付けて刑事ドラマの真似をして、週刊誌に挟んだ5万円を渡す。 売人は、テニスのボールを追う観客みたいに、周りを見ながら金を受け取る。 「英チャン、今日とは、あかねた、だけん女に食わすっと一発よ」 「あかねた」とは覚せい剤を作る段階で、種豚、種馬、種牛を発情期と 同じ状態にする薬で「アンナカ」と呼ばれる。 このアンナカを混ぜたほんの少し、赤みがかったシャブをあかねたと呼んだ。 女が食えばどんな女でも潮吹きになった。よく「銀サギ」が使っう。 銀サギとは、銀行の女社員を騙す詐欺しのこと。 あとは、さらわれた女や、騙されて置き屋に連れ込まれた女のしゃばっけ を無くす時に使うネタで、確か北朝鮮ルートだった。 他には「ユキネタ」真白で雪を思わせこれは、台湾ルート、「アブラネタ」 これがフイリッピンルートで、最後が「クロネタ」と呼ばれるヤバイ奴で ロシアから来る。エルエスデェーが入った物凄くヤバク、量を間違えると 心不全で一発で終わる。 俺の知る限りでは、この四類類がシャブ。 現在日本のシャブは、北朝鮮ルートが78パーセントをしめる。 喫茶店を出た瞬間、売人が怯えるように俺に声をかけた。 「今の女、知っとるぞー、俺たちがポンを売り買いしちょるとば」 多分喫茶店の定員のことだろう。俺は売人の顔をしげしげと診た。 顔色が良いのか悪いのか分からない。五日前と別に変わりない。 キラキラした目はサングラスで隠れて見えない。 しかし、今、出た、喫茶店は今日始めて行った所だった。 この売人もそろそろヤバイのか。幻覚や幻聴はいきなり襲ってくる。 通り魔事件でも起こす前に手を切らねば・・・ 何度も何度も後ろを振り返る売人に、寒気を感じながら俺は別れた。 |
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2007-04-11 Wed 22:23
仕事を終え駐車場に歩き始めた頃は、夜中の一時を過ぎていた。
あっちこっちから、フイリッピンホステスのたどたどしい日本語が聞こえる 「リトルマニラ住吉」と現地のマニラの小学校では呼ばれているらしい。 寒空のなか、ひざ上15センチ、胸割れボデコン姿は、色気より痛々しさを感じた。 ヨッパライが「めくら」のようにフイリッピン女に手を捕られ鈍く光ったビルに消える。 それを眺めながら、駐車場の料金が足りるのかみすぼらしく気に掛けながら 俺は「トボトボ」と寒そうに歩いていた。 そーと玄関のカギを差し込む。ドアの向こうには、シッポ振っているメリーがいる。いつ帰えって来ても迎えてくれるのは犬だけだった。 風呂にも入らず臭い足と埃ぽい喉と鼻を気にしながら、俺は布団に入った。 昨日と変わらない朝。強いて言えば設備屋のことが気になった。 台所にはまだ、目を凝らせば節分の豆が落ちている。 長男が洗面所で髪の毛を洗っている。それが設備屋の子供とだぶついた。 長女が「早く洗ってーっ」と叫んでいる。長男は俺と並ぶと5センチ程背が高く、体ばかりが成長し、精神はまだ幼く、どう見ても向こう側の人間になれない、今の時代では泣きを見て生きる馬鹿正直な17才だった。 {多分学校ではイジメにあっていただろう} 長女はとっくの昔に生理が始まって、女はやはり男とは違い、世の中をもおっ女の目で捕らえ始めていた。そこにはいつも両々のいい娘が立っていた。 こいつも何時か男に抱かれ、親を捨てる時が来るだろう。 次男はまだ母親にベッタリで、自分の気持ちの半分も俺には伝えられなかった。テレビゲームの主人公のレベルを上げることで毎日が終わっていた。 女房はいつものように子供を学校に送り出す支度をし、忙しく今日も、卵を焼いている。 俺は今日の駐車場の金をくれと中々言いだせづ、新聞に目を落とす。 毎日車を止めるだけで7000円は痛い。 油の浮いた顔で俺は、タバコに火を点ける 「カチーン」と音たて、今ではこのジッポーだけが化石を見るように過去の証だった。 しかしあの頃点いた火も、今点く火もなんら変わりなかった。 テレビのスポーツタイムで新記録が出たと、大騒ぎしていたアナウンサー が、いきなり真顔になり「三島さん、三島さん」と呼びかける。 「はい、福岡の三島です」「大変なことが起こりましたね」 と問い掛けるアナウンサーに。福岡の暴力団が抗争を起こし死亡者が出ました。と、天気予報でも伝えるようにアナウンサーが答えた。 見覚えのあるビルが、古い写真みたいにテレビに映っていた。 顔をモザイクにした市民が「怖いですね、ここはスクールゾーォンなんです」と訴えている。 俺は、死亡者の名前を聞いて、得体の知れない不安がコヒーの中のクリープ に似た変な形で体の中に広がった。「兄弟が撃ち殺された」 女房に言うかどうか迷った。でも、そのくびれの無い後ろ姿には、声は掛けられなかった。 テレビのチャンネルを順番に押した。もぉ過去は、終わったように映らなかった。 俺はこの街で「死んで」生きて・・・兄弟は「生きる」ために死んだ・・・ 昨日より重い朝に押しつぶれそうだった。 「中根くーん」一番したの子供の友達が迎えにきている。 テーブルの上にはミスタードーナツの弁当箱が湯気を立てている。 母親にバレないように、そーとルーズソックスを鞄につめる娘。 俺が手に入れたものは何だったのか。弁当を忘れた長男を追いかけ、 ベランダから声をあげる女房。 これが幸せと言えばそうかもしれない。どこにでもある朝の風景。 しかし俺は一度、「キラキラしたどす黒い」光を浴び、人が流す汗、 涙、血、恨み悔しさが混ざり合った「あまい蜜」を舐めている。 俺が「死んで」生きれば生きるほど、今となっては捨てたのか、逃げたのか 分からない世界の亡霊たちが歪んだ顔で何時までも何処でも現れた。 十二年の重みより家族の重みより時々その亡霊たちのほうが重いように感じた。 灰皿から立ち上がるタバコの煙が、漂いながら換気扇に吸い込まれる動きを、俺はたましいでも抜けたような顔でみつめた。 |
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2007-04-11 Wed 11:34
ヘルメットを脱いだ設備屋の顔は、長年の溶接仕事で酷く焼けていた。
目も赤く充血している。肩をすくめながら、言葉に詰まった子供みたいに モジモジしている。「テメーェ、どうすんだ、このスーツ」凄んだ顔は、 さっき社長に見せた顔とは、また違った。設備屋のオヤジは、ブラウン管の中 に映るライオンに捕まったシマウマの、絶望とあきらめの瞳で誤ることしか残っていなかった。息子の心配そうな顔と目もとが、アフリカの餓死寸前の子供のように見える。毛皮の女が飾られるイルカの位置が気になるのか、それとも坊主頭が気になるのか、何度も何度もこっちを見ている。しかし今度は坊主頭を止めようとはしなかった。 坊主頭は、サーチベルのジャケットを闘牛士を思わせる動作で、ヒラヒラ させている。覚えたてのセリフをべしゃている。 そしてセリフは凄みの効いた。「誠意をみせてくれ」で終わった。 設備屋が賞状でも貰うような姿で、坊主頭から名詞か何か、貰っていた。 息子の顔が今度は、夜店で買ってもらった風船が、スルリと飛んで呆然とした顔で、縋るように父親を眺めていた。 「俺が設備屋だったらどうしただろう」朝早くから、夕方遅くまでヘトヘト になるまで仕事。祭日も無く、病気になっても休業補償も無い。ボーナスなんか夢のまた夢。そんな重い稼ぎが何日分かは、確実に消える。手品みたいに・・・・・・何となく人事とは思えなかった。しかし弱い俺たちには思うことしか出来なかった。昼近くなって、臼井社長とやくざが現場に帰ってきた。 「ご苦労さんです」坊主頭が走りながら迎える。何事もなかったように 「しのぎのうまいやつだ」ボードをカットしながら俺は呟いた。 帰り際、「社長、頼んだぞ、」とやくざの暗い枯れた声の中には、重たい 社長の体も俺たちの体も、折れそうな重たい意味が詰まっていた。 昼休みは、社長に詰め寄る電気屋。自分らを雇った中請けの連中に、 歪んだ顔で、電話をする大工の親方。「オープンに間に合わない」 「銭は、貰えない、」「やくざ、オーナーはやくざだった、」「はい、」 「なんとか内の分だけでも、お願いします」取り乱した職人たちの声は 冷え切った現場をいっぱいにしていた。 臼井社長はそれを払うように携帯で仕事の助けを求めた。 しかしその姿は、雪山で遭難した、二度とキャンプにはたどり着かない 登山者にしか、俺の目には見えなかった。 俺はボードの上に座りミスタードーナツの福袋に入っていた弁当箱を開ける ブルーで女の子の絵がチョコンと蓋に描いてある。女が見れば「キャー」 「かわいい」と言いそうな。卵焼き、ウインナー、あとは昨日の残り物の ふきの煮付け。冷たい昼飯にも慣れていた。 設備屋が緊張した顔で現場に帰ってきた。俺よりまずい昼飯から、寒そうに 職人達は自分より立場の悪い男を慰めの目で見つめた。俺は「チラ」と息子 を見る。そして所ところに飯粒が付いた小さな弁当箱を袋に入れた。 天井にやっと飾られた青色のイルカが、そこだけをなんとなく「ポツン」と夏にしていた。 |
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2007-04-11 Wed 00:17
今回の仕事はあまり乗る気はなかった。元請から図面を貰い、現場で
打ち合わせが終わった帰りでも断るつもりでいたが、臼井社長の「飯でも」 の誘いで、一杯の酒が契約書になってしまった。設備屋。千代田邦夫。59歳 臼井社長とは古い付き合いで、今まで何ひとつトラブルは無かった。 それに、臼井社長の発注する仕事は、人工代金が他の業者より高く、殆んどが現金でくれた。従業員の息子にも、親心としては一円でも高く日当を払いたかった。ただそれだけだった。株式でもない、まして有限会社でもない ただの個人経営。一日出て「なんぼ」の世界では、臼井社長の持ってくる仕事には魅力があった。もお、「59」とうに惰性で一日が、仕事が終われば 良いと、仕事に対して責任は有っても、この数年工期の事など考えたことも 無かった。楽しみと言えばパチンコと毎晩の晩酌だった。 何度か今までチャンスは有ったかもしれない。景気がいい時仲間から、会社 を共同経営しようとか、メーカと直接取引きをするとか、色んな話がきた。 今となっては別に、後悔とか会社を設立した友人たちを羨ましいとは、思わなかった。人には「器」と言うものがあると自分なりに納得し、暮らしにも 不満は無かった。昨日は久々にパチンコに勝ってトラブルだらけの現場には 正直来たくなかった。臼井社長と息子の手前嫌々ながら、津島から渋滞の 一号線を走ってきた。さっきの臼井社長とやくざのやりとりは、息子とテレビでも見る感じで眺めていた。「社長もいろいろあるんだろうと」 ただ気になったのは、あの若い男は息子と同じ位の、年齢だろうと 息子にも違った意味で、あの元気があれば、わしなんかと仕事などしなくて 良いのかも知れない。ふと、溶接の煙の中の息子を見つめ、薄汚れた防塵マスクを苦しそうに付けた顔は、ついこの間までランドセルを背負った顔に見えた。 その時、線香花火が消え終わる時に出来る、赤い玉に似た火の粉が坊主頭の上に落ちた。「ヒャーッ」と思いよらない声が聞こえた。俺は笑いが出た程 の意外な声だった。坊主頭は自分でも気ずいたのかそれをごまかすように 天井に向かって、痩せた体を揺らしながら猟犬のように吼えた。 その声はすでに、いっぱしのやくざの声だった。 「降りて来い、この野郎」職人たちは、またかと思ったが、仕事の手は止まらなかった。 古いサーチベルのジャケットを捨てるように脱いでいる。 ハワイで観光客を相手にヤシの実を取る猿に似たカッコウで、梯子から後ろ向きで降りてくる設備屋。息子も同じように。 |
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2007-04-10 Tue 14:15
半分近く終わった工事を男が確かめている。なにか毛皮の女に自慢でもするように。その周りを主人にまとわりつく、犬さながら、社長と坊主頭が
ウロウロしている。それを俺は、ボードの上に座り眺めている。 誰かがいつのまにかボードの上に置いた灯光機が、腰の辺りに心地いい 暖かさをもたらしていた。店内は仕上がった所と、まだ下地の所が不自然で 俺たち職人は、悪戯がばれそうな子供みたいに嫌な気持ちで、男と女の 行動を不安そうに見守っている。 男と社長が、何度か言葉を交わした後いきなり男が、まだビニールの被った 青いテーブルをけり倒し「たわけ、!こら、なめとんのかーぁ」 ドスの効いた大きな声は、一瞬で現場の中に「パーッ」と冷たく容赦なく 広がった。坊主頭が警察犬のように跳ねた。同時に女が絹を裂いた声を上げる。 「順ちゃん、やめときいー」坊主頭はそれこそ「まて」を命令された犬 職人たちは、朝の横断歩道の幼稚園児となんら変わりなかった。 ただ、ラジオの人生相談の「あーの主人が浮気しているようなんです」 その声だけが止まりかけた時間を動かしていた。 「おー、こら、今更、まにあわねぇだと、この野郎、俺の顔はどないすんじゃあー」 「この店は住吉で一番じゃー、会長と大安の日に飲むだぎゃー」 社長は「きよつけ」の姿勢で拝むように頭を下げている。 坊主頭も社長にキスでもしそうに顔を近ずけ、テンパッタ目で弾ける寸前だった。 職人たちは子供の前で、ベットシーンを見るように戸惑いながら どこかに仕事を始めるきっかけを探した。 男はキラキラひかるホコリを吸いながら、暗い枯れた大声を上げている。 その声は社長だけではなく実は、俺たち職人全部を脅していた。 やくざの脅しかたは、かたぎが相手の場合この十年あまり暴対法の執行で 遠回りな脅し方になっている。中には、芝居けたっぷりの組織もある。 そんな所の若衆はその場面場面を見極め出番を知っている。 共通するところはどこも、最後の幕だけは引こうとしない。 しかしその芝居は、リハーサルなしで何時でも本番になってしまう。 それが怖くそれがやくざなのだ。その時は冷蔵庫に入れられて産業廃棄物の 最終廃棄場に埋められるだけだ。 社長の顔は歌舞伎役者を思わせるぐらい白く顔色が無かった。 大手ゼネコンに30年。退職して臼井建築株式会社設立。 人の善さ真面目さで、お客のニーズに答え、いつも「作る側じゃなく住む側」が口癖で、確か大学の娘が二人いたはずだ。 「なぜ」こんな人がこんなヤバイ仕事を受注したのか不思議に思えた。 へたをすればこれでこの人は、終わりかも知れない。 一坪、36万の工事代金。200坪で、役7200万。工事が間に合わなければ この金はほとんどが消える。そして俺たちもキズを負う。 それにきずいたのか、 職人たちはそれぞれの仕事に遠慮しながらたずさわり始めた。 さむい工事を請けたことを後悔しながら。 200坪の内まだ70坪ほどがネズミ色のコンクリート、45日の工事期間のうち 七日程がやくざ側のエラーで消えていた。ビル管理会社に保証金が全額入らなかった。残り38日で工事を完了させる事は、無酸素でエベレストに登るのと同じだった。 臼井社長は、ドナドナドーナの歌に出てくるロバのように、表の喫茶店に連れて行かれた。 「邪魔」だつた。現場に残った坊主頭と女が・・・・女のほうは現場の中を 行ったり来たり歩き回り時々煙の出ているタバコを、虫でも殺しているようにグリグリと踏んだ。 坊主頭の男は初めて行った所を嗅ぎ回る犬を思わせた。 特に見かけない道具でも有れば手に取り、使い方までずけずけと聞いていた。それに答える職人たちの姿が俺には、主人を恐れる召使いに見える。 設備屋の職人が、俺の近くで厨房のパイプを溶接している。 時々オレンジ色に見える、火のこを落としながら。 その厨房に坊主頭の男が近ずくのが見えた。 |
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2007-04-10 Tue 01:05
「おはようございます、お世話になっています」社長は徹夜明けの
疲れた顔で、うわずった声を出していた。 「なーんも世話しとらんがや」含み笑いを浮かべながら男は暗い枯れた声 で答えた。すると現場を「ギョロリ」と見回しながら 「社長、工事のほうは順調かい、オープンは十日の大安でいけるんか」 と訊ねた。社長は、予定どうりに工事が終わりますと言えず、障害者の ように、こきざみに肩を震わすだけだった。 「これ、みなさんで飲んでください」19から22歳ぐらいの坊主頭の、痩せて まだ幼い顔立ちだけど人相の悪い、完璧な薬物中毒を思わせる男がコンビニ の袋一杯缶コーヒーをぶら下げている。 声をかけた女は、25から28ぐらいの年齢だった。ヒールでゆうに170センチ 近くなった身長を誇らしげに、何の毛皮か分からないロングコートで 身を包んでいる。「ものほん」なら俺の車が二台は買えるはずだ。 髪の色はナチュナルブラウンで安物のかつらみたいに光っている。 まゆは無く、多分、化粧をしたら人工的な美しさが出るはずだ。 下げたバックは、お決まりのバーァキン毛皮の下にだらしなく着たシャツの 胸元は、第三ボタンまで外している。そしてけだるい馬鹿にした目で、 俺たちを見ている。まるで、絵に描いたようなやくざの女だった。 現場のホコリが気になるのか、口にはエルメスのハンカチをあてがっていた。ハンカチからチラチラ覗く紫色の口紅の方が、大きく開いた胸元より 男ならすぐに「フェラチオ」が頭に浮かぶ、女のベトベトした卑猥な色気が 漂っていた。「はい、みなさんご馳走になってください」 工事の話から少しでも、逃れたかったのか、まるで祈りが終わったクリスチャンみたいな,すっとんきょんな声を社長が出した。 坊主頭の若い男が、無造作にボードの上に缶コーヒーを置き始める。 オーナーは、チャキチャキのヤクザもんだ。これは後々工事代金でもめると 俺たち下請け職人は確信し、ヘルスの順番待ちの客みたいに、緊張した顔 を誰も上げようとしなかった。 そして、息なのかタバコの煙なのか分からない白いため息を吐いていた。 俺は、ボードの上に座り生ぬるい缶コーヒーを「どろ」と暗い顔で飲んだ。 |
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2007-04-09 Mon 16:05
穏やかな二月の陽だまりの中に、白くて小さな梅の花が
俺を見つめるように咲いている。 傍らの古ぼろい看板には、明治十三年新宿に「つのはず」と言う 町があり、そこに人々から「銀世界」と呼ばれた美しい梅林があった。 どうやら現在のパークタワービルの辺りらしい。 余りの美しさのため、東京ガスが買い取り、そのご、都庁の新宿えの 移転を祝い、この中央公園に何本かの梅の木を植えたと、、、しかし 梅の根元には、薄汚れた服を何枚も何枚も着た、年老いた浮浪者が 「ごろん」と横たわっているだけだった。 その浮浪者をしきりに気にかけ、6才ぐらいの女の子が頼りなげに 乳母車を押しながら 「今度はおとうさんが鬼だよ,鬼だよ」と目の前を楽しそうに通り過ぎる。 何時か聞いた娘の声と重なり合ったその声に、無くしたもの、 消え去ったものを思い出すように今度は俺が、白い小さな梅の花を見つめた。花のうしろには、「もおっ」どうすることも出来ない「現実」 まるで俺の前に立ちふさがる壁を思わせる都庁が大きくそびえ立っている そして抜けるような青い空を見上げ「多分」泣きそうな顔と声で 「あの時も梅がさいてたなぁー」と俺は呟いた。 朝の渋滞のなか、黄色い帽子に黄色いバックを下げて 横断歩道を渡る子供に、右折車はイライラしながら、ペンギンみたいな 列を眺めている。子供たちはヨタヨタと歩きながら覚えたての歌をくちずさみながら それぞれが、母親の自慢の靴や服で着飾っている。 そのうち歩行者信号が点滅を始めた。先に渡った子供は安心と自慢の顔で 渡り切れなかった子供を見守りながら「早く,早く」と甲高い声をあげる。 横断歩道には三人が残っている。渡るのか、戻るのか、俺はこの偶発的な ドラマを9万キロ近く走ったワンボックスの中で楽しんだ。 残される者、先に行く者これが人生だと大袈裟なことを考えながら。 「ふと」見ると道路の植え込みには梅の花がぽつんぽつんと咲いている。 そしてバックミラーに映る自分の顔に「また一年過ぎた」と語りかける。 今では、「捨てたのか」「逃げたのか」分からない福岡。 その時から何回も白や,薄紅色の排気ガスで汚れた、花を見せてくれる。 この街で俺は、生きる証も残せず薄暗い病人みたいな顔で生き抜き 「仕事」「子供」と言い訳で、いつももう一人の自分を騙しながら、 時々挫折感の混ざる怒りや焦りを、過ぎ去る時間だけが痛み止めのように 抑えてくれた。それと毎日「金」と言う現実に押しつぶれる心、その度に、 何時までも断ち切れない「キラキラ」してたけど どす黒い光を放つ素敵な夜が、心をよぎる。 銭のない「ちょと」だけど幸せのある退屈な暮らしにも、いい加減嫌になる テーブルの上にはいつも、女房の愚痴と、金の重さだけが入った 財布が載っていた。 俺の車の右側に刺さるように優雅さと、頂点を極めた純白のメルセレス が割り込んでくる。 自慢下に寒い中窓から、ひじをチョコンと出している三十前後の男。 見ようでは組織のフロントもしくはホストの朝帰りみたいな顔をしている。 チャバツの髪が風で揺れているのか、エアコンで揺れているのか分からない 「チラ」と俺の顔をにらみ、当たり前のように割り込んでくる。 俺はその顔に、なんでそんないい車に乗れる、しのぎは何と頭の中で 問い掛ける。すると純白のメルセレツのテールランプが 「あんたは死ぬまで乗れないよ」と言っているように 俺の車の前を通り過ぎた。道路の側同に植えられたまだ枯れ木にしか 見えない藤が丘のサクラの木が、さびしそうに俺の気持ちのように 風で震えていた。 住吉{栄三丁目}に着いた時は九時をちょっと過ぎていた。 朝の飲み屋街はどこか、化粧を落とした何か物足りない女の顔に似ている。 車から降りると、日差しとかくれんぼをしていた冬が、冷たく体を包んだ。 俺は今日も、死地に向かう兵隊の足取りで現場に歩いた。 二月のあたまに請けた内装工事が、ヤバイ状態になっている。それも 突貫工事で・・・・・今日で、すでに十六日目、海鮮料理屋とカジノクラブ を解体してスーパキャバクラに改装する。残り二十日あまりで、電気、 設備、内装仕上げクリーニングと今までの経験や現場の状況を見た限り 出来ないで当たり前の工事だった。 他の下請けの連中も同じ気持ちでいるはずだ。 突貫工事の見積もり金額のトリックに騙され一発勝負に手を出してしまう。 それは、競馬のオッズに引っかかる貧乏人と同じだった。 下請けの職人達は、ビルの隙間に立ち上がる小さいつむじ風が、湧き上がる 不安のように重なっていた。 入り口に垂れ下がったブルーシートをめくると、昨日と代わり映えしない 店内。あっちこっちに立てられた脚立。捨てられているような材料 天井から下がった、熱帯のつるを思わせる電線、壊れかけの壁が骨格のように剥き出し、ところところが湿り色の変わった床。 灯光機のひかりにあぶりだされたように舞うホコリがキラキラと光っている そのホコリを気にもせず、二十人程の職人が忙しそうに動いていた。 「おはようございます、今日は、店のオーナが見学に来ますからよろしく お願いします」と作業服のしたにネクタイを締めた、三人の元請の社員が、職人たちに元気よく挨拶をしている。 徹夜明けの元請の社長と、社員が朝からひっきりなしに現場のそうじばかり していたと、電気の職人が俺に耳打ちする。職人たちは今さら・・・ 「馬鹿野郎」と口には出ないが態度には、あからさまに出ていた。 解体工事の遅れで全工事が遅れた。他にもいろんな理由はあった。 ひも付きの設計士{オーナが連れて来る設計士のこと}変更、変更と二回ほど 変わった厨房の位置。繁華街特有の入り込んだ道路状況で搬入、搬出の 困難、しかし今となっては、電気屋も設備屋も誰もがみんな解体屋のせいにしていた。解体屋は今日もまた怒ったようにガラを一輪車で運んでいる。 「もう」とっくに天井に飾られているはずの、水色のイルカがごろんと 床に転がり、綺麗な水色の体には所々キズが付いている。 リアルな作り物の目玉だけは、早く工事を終わらせてくれと、縋るように 職人を見ていた。 俺は昨日のままの脚立の上で、約束通り終わっていない電気屋の配線工事 を、遠くでも見るような顔でぼんやり眺めている。 若い大工が「いっぷくですよ」と俺の近くで仕事をしていた大工に、声を 掛けている。俺はまだボードの一枚も張っていなかった。 職人たちが、二本目のたばこをつまんだ時、ふいに「ご苦労さん」と だみ声で、ドスの効いた大声が聞こえた。何人かの職人が振り向いた。 そこには大袈裟にブルーシートを持ち上げた若い男の前に、短く刈り込んだ 髪に、派手なスーツを着た目つきの鋭い五十前後の太った男が立っている。 その後ろには女の姿も見える。若い男と女は一瞬その男の、子供に見えた。 元請の社長はそれこそ母親を見つけた子供みたいに、小走りで三人を迎えた。 |
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| 錦三物語 |
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